エリオン・オーフィルの知覚は極限まで拡張されて、その意識は研ぎ澄まされていた。  M.S.B.S.を解して一体化した機体の損傷が、そのまま己の痛みに感じるくらいに。 「リーイン? ティル、無茶をしたなっ! 援護だけでいい……近付いちゃ駄目だっ」  ダメージの警告を知らせる真紅の明滅に混じって、視界の隅に僚機の姿が映った。同時にエリオンは叫ぶや、即座に状況を理解し連携を取る。余りにも危険な賭けだったが、頼れる射手の復活はありがたかった。そこまで今、エリオンは追い詰められていた。  目の前にそびえる白亜の幻獣は、残酷なまでの無邪気さで獰猛に襲い来る。 「エイス、エイスッ! やめるんだ、今すぐ機体を停止して」 《駄目。無理。この日の為に作られたんだもの、私は》 「僕達の力はこんなことに使ってはいけないっ!」 《何故? どうして? それしか能が無いのに。私達は……マシンチャイルドは》  巨体からは想像もできぬ俊敏さで、エリオンのテムジンを翻弄するヤガランデ。  圧倒的な質量差に蹂躙されながらも、エリオンの感覚は鋭く冴えて吼える。その意を組んで装甲片をばら撒きながら、彼のテムジン747HUAは猛攻を紙一重でしのいでいた。だが、市販品より頑強で軽い、魔法のようなハイパーホールドアーマーが、次々と砕けて散ってゆく。  大小一対のバーチャロイドは、互いの尾を噛む狼の如く、めまぐるしい攻防で肉薄した。 《エリオンはやらせないっ! デカブツの足さえ止めればっ》 《オーフィル三査、援護します。斉射三連、夾叉……次弾当たります、三査殿》  遠く背後から、ニュートラルランチャーの着弾がエリオンを救う。  先程とはうって変わっての正確な射撃は、僅かにヤガランデの機動を削ぎ、その選択肢を狭めてゆく。ラジカルザッパーの直撃が炸裂して、白い悪魔は僅かに体勢を崩した。  その隙にエリオンは機体を跳躍させ、ヤガランデの胸部へと取り付き這い上がる。 「確かに僕達マシンチャイルドは、バーチャロイドに乗る為に作られた存在っ!」 《そう。そして私にはもう一つ。与えられたの、役割が。キャスティングが》 「この電脳暦で僕達は、組織や個人の財産として使われることもある! それでもっ!」  必死に説得の言葉を紡ぐエリオンを嘲笑うように、ヤガランデは巨躯を翻してテムジンを引き剥がした。同時に距離を詰めてくるリーインとティルへも、拒絶の意思も明らかな弾幕を張る。  さながら高速移動する機動要塞の如く、堅固にして堅牢、強力にして強靭。  エイスの駆動させる幻獣戦機は、オリジナルに匹敵する性能を引き出していた。 《いいねえ、激闘だねえ! ラストバトルだねえ! いいよいいよ、あ、目線欲しいなあ》  怒りに苛立つエリオンは、その嬉々とした声へと銃口を向ける。左右に分割したクラウドスラップの片方が天へと向けられ唸りをあげた。だが、放たれた光弾はまたも見えない壁に遮られる。  ただただカメラのレンズを向けてくる敵の首魁を宙に仰ぎ見て、舌打ちを噛み殺しながらエリオンは愛機に鞭を入れた。ヤガランデの凄絶な攻撃にさらされながらも、追い立てられるように疾駆するマーズブルー。その満身創痍の機体はまだ、駆動系へのダメージはない。だが、既に屈強な防御力を誇るアーマーシステムは事実上無力化されていた。 《んー、バッドエンドってのもアリっちゃーアリだなあ。第二部へ続く、みたいな?》 「損傷チェック! センターウェポン喪失、攻撃力四割減。ダメージコントロール――」 《あ、でももうMARZに戦力が残ってないっか。でも、いい絵が撮れてるしなあ》 「足回りに異常はない。左右の武装も生きてる。ゲージは……大丈夫、まだいけるっ!」  リーインの援護に導かれるように、守勢の一点張りで右へ左へ回避運動に走っていたテムジン747HUA。その中心で現状把握を終えるや、エリオンのマシンチャイルドとしての性能が覚醒した。  急激なターンで迫るヤガランデに向き直るや、Vコンバーターが甲高く哭き叫ぶ。 《エリオンっ!》 《オーフィル三査!》  仲間達の悲鳴も思惟から遠ざかる。  エリオンは限界まで愛機の出力を搾り出すと、真正面からヤガランデへと突貫した。マインドブースターから眩い光が迸り、長い長い尾を引く。まるで彗星のように、エリオンはヤガランデへ、エイスの元へと吸い込まれていった。  限界ギリギリの機体を駆るエリオンは、既に限界を超えた領域に身をおいていた。  全身が攀じ切れ、全神経が引き千切られそうになる。 「エイスッ! その機体を破壊してでも、僕は君を止めるっ! ……絶対っ、助けるんだぁぁぁっ!」  激しい衝撃音を響かせ、二機は真正面から激突した。  エリオンのテムジンは残る装甲に無理を言わせて、肩口から当たってゆく。しかしそれで止まるヤガランデではなかった。が、エリオンの気迫が乗り移ったかのように、損壊著しいテムジンがじりじりとヤガランデを押してゆく。  迷わず零距離でエリオンはクラウドスラップに粒子の刃を灯した。  ――筈だった。 《掴まえた。勝ちね、私の。台本が、エンディングが変わっちゃう》 「――っあ! まっ、まだまだあーっ!」 《負ける筈だったのは、私。そして助かるの。外の世界へ逃がして貰う。そういうお約束だったのに》  エイスの平静な呟きと共に、クラウドスラップを握る右腕が吹き飛んだ。レーザー切断による鋭利な断面が宙を舞う。  警告で真っ赤な視界の中、エリオンは身を声に諦めの悪さを叫んだ。  刹那、まるで塵を払うように、ヤガランデの豪腕が振りかぶられる。  決着の予感に傍観者は喝采を叫び……そして絶句。 「アーマーブレイクッ! そうさ、助ける……君は助かるっ、エイスッ!」  左右から繰り出されたヤガランデの鉄槌が空を切る。舞い散る装甲片をただ、掠める。  エリオンは機体全身を内側から発火させ、アーマーシステムを吹き飛ばすや天へ駆け上がった。色の抜けた隻腕のテムジンが、未だ重力の頚城を忘れて宙を漂う己の腕を掴む。その手からクラウドスラップの片方をもぎ取る。  そのままマニュアルで姿勢を制御するや、エリオンは最後の一撃を放った。 「MARZ戦闘教義指導要綱12番、『乾坤一擲』っ!」  エリオンの閃く思考を余さず拾って、白無垢のテムジンは本来あるはずのないモーションをマニュアルで起動させる。残る左手でクラウドスラップの隻剣を突き出すや、全出力を全開にして再度上からヤガランデへと突っ込んだ。  グライディングラム! 《おほーっ! これは飛んだ番狂わせ、いいや脚本通りだっ! 最後はやっぱり必殺技だね!》  穿つ。  すかさず抉る。  そのまま貫く。  エリオンは人機一体の楔となって、ヤガランデを刺し貫いた。深々と胸部にクラウドスラップを突き立て、さらにそこから―― 「黙れっ! これがMARZの――僕のっ、流儀だ!」  放した左手を振りかぶるや、鉄拳を握るテムジン。  エリオンは迷わず、ターボスロットルを叩き込む。鋼の拳が炸裂し、尻を撃発されたクラウドスラップはそのまま幻獣の悪夢を貫通した。  瞬間、ヤガランデを形成するデータが消し飛び虚数化して、無数の数列が濁流となって溢れ出る。巨大な獣が断末魔の咆哮をあげ、小さな小さな影を吐き出した。  ケダモノの内より解放され、モードが解除されたガラヤカが静かに重力につかまり、エリオンのテムジンに抱かれる。その隻腕の中へと還ってくる。  激闘の幕は引かれ、首謀者にして唯一の観衆が喝采を叫んで歓喜を歌った。