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 暑さ厳しい夏の午後に、陽炎立ち昇る往来を眺めて。一人の美女がグラスを優雅に傾ける。この猛暑の中、鎧姿で…それはディアブロスの甲殻より削り出した、一流ハンターの証。傍らに立て掛けられた自慢のヘヴィボウガンも、無言でそれを語っている。

「ブランカさん、ちゃーッス!今日も暑いッスねぇ…あ、女将!仕事くれッス!」

 彼女の名はブランカ。ガンナーとしては、ミナガルデではトップクラスに入る凄腕の射手。そう、あの村であの女が一番であるように…この街ではこの私、と。その自負が彼女にはあったが、決して口にした事は無い。ハンターの実力とは言葉で語るものではなく、その身で体言する物なのだから。
 サンクに微笑み軽く手を振って、その背中をカウンターへ見送りながら。ブランカは濡れるグラスをしなやかな指でなぞりながら二杯目を注ぐ。仕事中は決して酒を口にしない…僅かな酔いですら、狩りでは命取りとなりかねないから。一時の涼を得るべく、彼女は渓谷より組み上げた清水を流し込む。

「オ!さんくタンいんシタオ!…チョットイイ話ガアルンダガ。聞 カ ナ イ カ ?」
「うほっ!いいツゥさん!…何スか?自分これから生肉回収の仕事でもしよーかと…」

 そういえばあの女は、右手をかの焔龍リオレウスに喰い千切られて…遂に引退したらしい。風の噂で聞いた話しだが、おのずと気になり、聞き耳をたてるブランカ。耳をそばだてず塞いだとしても、その喧しい声は嫌でも彼女の耳朶を打つのだが。
 ライバルのパートナーが先日、独りでハンターとして歩み始めた。半人前で覚悟も信念も持たぬ、尻がランポスのように青いガキだ。力及ばぬ時は野に倒れ、狩るべき獲物達の餌と成り果てる…そんな唯一のルールすら解っていない、余りに未熟な新米ハンターのサンク。

「火竜ノ巣ヲ先日偶然見ツケテナ。マダ誰ニモ教エテネーガ」
「ほんとッスか?…むっふっふ、これは一攫千金のチャーンス!」

 失笑…新米は常に鼻息だけは荒く、実力を決して省みない。勇気を宿す心は得難く、蛮勇に酔いしれるは容易いのだ。高みを望み過ぎて、二度と帰ってはこない…そんな人間を山程見て来たブランカは、麗美な表情を憂鬱に曇らせる。
 例えば今、サンクの前に座る人物ならば…危険な火竜を狩る事も可能かもしれない。自称ムロフシを名乗るハンマー使いは、そのおどけた性格とは裏腹にかなりの手練。その上情報通の熟練ハンター…人は誰も彼女をツゥさんツゥさんと呼んで親しみ頼る。

「よぉし、燃えて来たッス!張り切って行くッスよ…女将、仕事するーッス」
「オイオイ、さんくタン…アー、イッチマッタヨ。ドスンダ?ぶらんか…アリャ死ヌゾ(ォ」

 訛りの強い聞き慣れた声に、ブランカは振り向き肩を竦める。元来ハンターとは皆、多かれ少なかれそうなのだ…勇気と無謀の境界線を、右に左に頼りなく揺れ動く存在。死に逝く者へと構ってはいられないのだ。Be Cool…常に冷静に、より冷徹であれ。それは今日を生き残り、明日を生き抜くハンター達の不問律。

「おっしゃツゥさん、今日はこのクエ行くッスよ!いざ、火竜の巣へ!」
「…オロ、討伐ジャネーノ?卵…奪取?ホゥ、ドウヤラ馬鹿ジャネーミタイダ。ドスルヨ、ぶらんか」

 掲示板の一番目立つ場所に、クエスト受注票を貼り付けるサンク。彼女は準備もそこそこに、ブランカのテーブルに歩み寄った。その姿を見ようともせず、隣の商売道具をどけるブランカ。互いに目も合わさず並んで座ると、サンクは何の遠慮も無しに口火を切る。

「ブランカさん、手を貸して欲しいッス…取り合えず今の自分じゃ、卵かっぱらうので精一杯スよ」
「マ、妥当ナ判断ダナ。イーンジャネーノ?俺ハ手伝ウケドナー」

 どうやら身の程は弁えているらしい…黙ってグラスを渡すと、それに水を注いでやるブランカ。うでるような暑さの中、清々しい冷水を一息にサンクは飲み干した。ダン!とコップを置くと、彼女は勢い良く立ち上がる。背後では億劫そうにハンマーを担ぐツゥの姿。

「…困った子ね」

 そう呟いてブランカも立ち上がる。真っ直ぐ見詰める瞳に一瞥くれると、彼女は一人酒場を後にした。淡い期待が遠のくのを感じて、がっくりと肩を落とすサンク。だが…

「弾薬を取ってくるわ。それと食料、薬も。貴女も準備なさいな…せめて鎧ぐらい何か着て頂戴」
「!…ありがとッス、ブランカさん!今日の稼ぎが入ったら、それで防具を見繕うッスよ」
「マ、先ニ普段着ヲ買エッテ…エ?全財産デぼーんぶれいどヲ作ッタ?…ヤッパ駄目カモ」

 灼熱の午後に、ハンター達が征く…猛獣ひしめく大自然へ。完全武装の熟練ハンターに挟まれながら、サンクは相変わらず下着姿同然で硬骨の剣を背負って。始めてハンターらしいクエストに挑むサンクは、意気揚々と山猫亭を後にした。

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