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「なるねー!何、どしたの!?何でミナガルっぷ!」

 突然の来訪者に驚きの声。だがしかし、続く言葉が出てこない…強烈な抱擁に息も詰まり、ただジタバタと手足を振るだけのメル。恩師を迎えるべくイザヨイも、酒場のカウンターから立ち上がった。袖口に齧り付く蒼竜の子を引き剥がしながら。

「おやイザヨイ…元気そうじゃないか。達者で何よりだねぇ」
「お久しぶりです、ナルさん…あの、そろそろ放してあげないと」

 言われておやおやと気付き、ナル=フェインは小柄な妹を解放した。豊満な胸に遮られていた気道から、求めていた酸素が肺へと雪崩れ込む。真っ赤に顔を火照らせるメル…その目が僅かに潤むのは、何も圧死直前の締め付けからでは無かった。
 メルの姉は遠く、ココット村で鍛冶屋を営んでいる。村で使われる鋤や鍬を打つのが仕事だが、本業はそうでは無い。獣を切り裂き竜をも砕く、狩人達の武具を鍛える…それこそ、彼女の真の生業。その腕は素晴らしく、遠く遠方より依頼が舞い込む程。今日も王城へ剣を納めるべく、ミナガルデへと立ち寄ったのだ。

「これ、新作ですか?…拝見します」
「ウホッ、見ロぶらんか!なるタンいんシタォ!…オヒサシ、なる=ふぇいん」
「あら、珍しいのね…元気?後で色々聞かせて頂戴。あの女の事とかネ」

 ナルを慕う山猫亭のハンター達が、我先にと集まってくる。その興味は専ら、多くの人にとって故郷である村の事。そして…彼女が担いで来た巨大な剣の事。ツゥやブランカの質問攻めを迎え撃ちながら、ナルは黙ってイザヨイに頷く。興味本位も手伝って、メルも姉の新作を覗き込んだ。
 それは余りにも大きな広刃の剣。何やら古代の文字らしき断片を刻んだ、不思議な光沢を湛える材質。ナル自身が丹念に研ぎ続けたらしく、その切っ先は寒気を覚える程に鋭く輝いていた。両手で握り、ランプの明かりに翳してみるイザヨイ。揺らめく炎を反射するのは、七色に波打つ光。コンと叩いてみれば、触れた事もない触感と共に…刀身に僅かな波紋が広がった。

「あたしゃ剣の形に研いだだけさね…火山から掘り出されたんだ」
「ふーん…ねね、なるね。これ、誰の注文なん?骨でも鉄でも無い…なんか不思議だよ」
「ん?ああ…王国が誇る才気溢れた、若く麗しいプリンセスガードの騎士様御用達さね」

 カウンターに現れた女将に聞こえるように。ナルはニヤリと笑って告げた。苦笑に喉を鳴らすのは、彼女の一番古い馴染み客。現役ハンターとして一級線で闘っていた頃から、クエスラはナルの一番の上得意…もっとも、彼女は今もって現役を主張するだろうが。

「あー、アイツかぁ…何かモヤシみたいでイケ好かねぇよな、アイツ」
「何?キヨ、知ってるん?ああ、仮にも何故か不思議と、キヨも騎士だったっけか」
「…仮にも?何故か?おいおい、メルちゃんよ。そら言い過ぎだぜ」
「おお、こりゃ凄い剣スねー!…ん?んあー、ナルさぁん!会いたかったッスよぉ!」

 ヒョイと現れ、イザヨイの手から剣を受け取ったサンク。彼女は苦も無くそれを振り回しながら、一人何かを確かめるように頷く。やがて人混みに溢れる酒場の片隅に、村一番のマイスターを見つけて。嬉々としてその名を叫ぶと、サンクは自室に取って返した。

「これ!直して欲しいス!お金は…ちょとならあるス!足りなければ分割で頼むッス!」

 転がるように酒場へ戻り、仲間達を押し退けて。サンクは大荷物を抱えてナルと対面を果たした。女将の奢りで並ぶ料理を片付け、テーブルにその荷物を広げる。懐かしい顔ぶれと何度も乾杯したナルは、それを見るなり険しい顔で眉を寄せた。

「…こりゃ無理さね」
「いや、そこをナントカ…ナルさんの腕なら!このとーりっ!頼むスよぅ〜」
「あたしゃ二度は言わないよ…無理もいいとこ」
「またまたー、そな事言わないでチョチョイと直し…」

 砕けて破片と化した剣。頬当ての欠けた兜に、大きく歯型の残る鎧と腰当。具足も篭手も何もかも、辛うじて原型を留めているに過ぎぬ武具。嘗て焔龍リオレウスの名で恐れられた、空の王より削りだされた業物であったが。軽量ながら強固なその偉観はもう、見る影も無い。
 手にとり一瞥しただけで、ナルは再びテーブルにそれらを放り出した。まるでもう、修繕する価値も無いと言いたげに。それは或いは、サンク本人にも気付いていたかもしれないが…それでもと思い待ち続けた、一縷の望みは今絶たれた。長らく愛用した品はもう、その役目を永遠に終えたのだ。

「サンク、こいつは…お前の命を守り、相手の命を奪う物。命を乗せてんだよ」

 水を打ったように静まり返る酒場。俺も俺もと武器を持ち出す、その誰もが手控えて恐縮した。最も、サンクの炎剣や鎧兜ほどに、酷い損傷を受けた物は無かったが。

「こいつはもう、お前の命を宿せない…どいつも完全に死んでる」
「で、でもっ!ちゃんと直せばまだ…うんにゃ、ずっと、ずっと使え」
「馬鹿言うんじゃないよ!…次はお前が死ぬんだよ?そんな流儀はどこにも無いさね」

 ジュウ、と音を立てて湯気があがった。辛うじてまだ火竜の炎を宿した、炎剣の微かな残滓。その欠片に零れ落ちる大粒の涙。声を殺して唇を噛み、嗚咽を堪えるサンクの頬を、涙はとめどなく幾筋も流れ落ちていった。
 狩人達の誰もが、全幅の信頼を寄せる名工…ナル=フェイン。その言葉故、誰もが黙って受け止める他無い。無論、ナル本人も。例え不本意と解っていても、真実を言い渡さねばならない。そうでなければ次は、狩人本人が命を落とす事になるのだから。

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