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「それじゃ計るニャ。よーい…始めニャ!」

 毎朝お馴染みの、戦場のように忙しい時間帯を終えて。ハンター達を送り出した後の山猫亭に、聞き慣れたラムジーの声。同時に肉球が砂時計を引っくり返す。その合図を皮切りに、御馴染みの面々が早速仕事に取り掛かった。手早く誰もが皆、テーブルに散らばるパーツへと挑んでゆく。その手並みを軽く一瞥して、ブランカも作業に取り掛かった。
 先ずはポットの熱い茶を、お気に入りのティカップへ。それを一口啜りながらゆっくりとスタート。彼女にとってそれは、毎朝欠かさず繰り返される日課…まるで呼吸するかのように、細くしなやかな指が疾り出した。イザヨイやメル、サンクを尻目に、瞬く間に愛用のボウガンが姿を現し始める。

「はい、終わり。ラムジー、御茶を取り替えて…冷めちゃったわ」
「あ、相変わらず早いニャ…ホントに組み上がったのかニャァ〜」

 その問いに答えるように、撃鉄がガシャリと跳ね上がる。分解しての洗浄と研磨、そこから再び組み上げ…ボウガンの完全整備で正確さが求められるのは当然。だが、一流のガンナーはスピードにも拘るもの。無論、ボウガンの扱いにおいては、ブランカの右に出る者は居なかった。

「うわー、はやっ!」
「流石…お見事です、ブランカ様」

 傍らで見ていた仲間達も、その早業に舌を巻く。賞賛に微笑を返してしかし、ブランカはボウガンを折り畳みながら溜息。一見して余裕ともとれるその仕草に、イザヨイやメルの手元は俄かに焦りだした。だがしかし、決して手を抜かず着実に…愛情を込めて丁寧に。
 お互い声を掛け合い、一組の工具を仲良く使いながら。二人の手でチャンバーもバレルも、トリガーもサイトもピカピカに磨き上げられて。次第に見慣れた砲身が身をもたげ、インジェクションガンやイャンクック砲の姿が露になる。ブランカはその過程を、ただぼんやりとそれを眺めた。

『それじゃ計りますわ…』

 熱い茶から昇り立つ、その湯気の向こうに。不意に突然、在りし日の声を聞いて…思わず目を細めるブランカ。イザヨイとメルに重なるその姿は、今はもう遠い過去。思い出という名の懐かしき日々。差し込む朝日が見せる幻影は、まだ若い頃の自分だった。



『それじゃ計りますわ…適当に始めて頂戴」

 大きな欠伸を噛み殺して、眠そうな涙目の女将。その手が砂時計を引っくり返した瞬間、少女達は作業に躍り掛かった。まるで食い入るようにテーブルを睨み、我先にと金属片を引っ掴んでゆく。その危なげな手付きは間違いなく、未熟な若さの賜物。

「…砲身、邪魔。この線からこっちに置くんじゃない」
「何?貴女がそっちに寄りなさいよ。狭いんだから」
「…まったく、そのタンクメイジは持ち主に似て、無駄に砲身が長い」
「私はロングバレルが好きなの。貴女こそ何?今時アルバレストにサイレンサーって」
「…改、だ…アルバレスト改。私は接近して貫通弾を使うからな。誰かさんと違って」
「ふん、いっそ剣士にでもなったら?田舎者にはお似合いよ…喜んで麻痺弾撃ったげる」

 せかせかと動く手よりも、口が良く動く二人。その身を包むチグハグな、まるで統一感の取れぬ防具…誰が見ても間違い無く、新米ハンターと見て取れる。酒場の誰もが知りもしない…このミナガルデで近い将来、凄腕ガンナーの双璧と謳われる少女達を。今はまだ、口喧嘩に忙しい未熟者だから。遂にはその手も完全に止まり、口論は周囲の興味をそそる程に。だが、不意にその口も止まる。呆気に取られて開いたままに。

「クェス、部屋を引き払うから精算してくれ。釣りはいらない…アイツの墓に花でも頼むよ」
「もう発つのね…今度来る時は御墓にも顔出してあげて。あの人きっと喜ぶから」

 物憂げにうつむき、涙目で無理に欠伸を一つ。そんな女将に見知らぬ紙幣を握らせて。男は寂しげに笑って別れを告げた。その背に輝く純白のボウガン…少女達は我を忘れてその輝きに、羨望の眼差しを注ぐ。視線に気付いたガンナーの青年は、既に時の落ちきった砂時計を引っくり返した。そしてそのまま軽く手を振りドアを押して。眩しい陽光の中へと溶けて消える。

「…見たか?」
「ええ、初めて見た。あれは確か…クイックキャスト」
「…一度でいいから撃ってみたいものだな」
「貴女には無理無理…ああ、でも素敵。私には似合うような気がする」
「…夢を見るのは自由だが、現実からは逃げぬ事だ。似合う?寝言は寝て言え」
「何?貴女こそ撃ってみたいなんて笑わせるわ。銃爪引いた瞬間、腰抜かすんじゃない?」

 思い思いに囀りながらも、その手は再び組み上げ始める。今は大事なかけがえの無い、命を預ける相棒を。クリオと一緒にあの日、ブランカは夢を語らいながら…夢を現実へと繋げる術を、ゆっくりと確実に紡いでいた。若き女将は再び、時の尽きた砂時計へと手を伸ばす。その男は二度と、山猫亭へと帰っては来なかった。



「っしゃー!出来たッス!…っとっと、ありゃ。おかしいスねぇ」
「サンちゃん、バレルすっぽ抜けたよ?」
「危ないなぁ…サンク、クリオさんの何見て育ったん?」
「っていうかサンク先輩、部品余ってるし。あれ、これって確か…えー!?」
「サンク様…それでは折り畳んだ瞬間、真っ二つになってしまいますよ」

 ふと気付けば、既にイザヨイもメルも作業を終えていた。ラムジーが何度か時の砂を往復させる間に、遂にサンクも作業を終える。だがしかし、彼女のボウガンは残念ながら、元の姿を取り戻す事は無かったが。慌てふためく彼女の手から、ぽろぽろと零れる細かな部品。

「はぁ〜、やっぱガンナー転向は諦めるスよ。鎧も剣も新調スか…石でも掘りに行こ」

 うなだれ席を立つと、丸腰のサンクがとぼとぼと歩き出す。ブランカはすぐ、サンクのラピッドキャストを組み上げ…その後を追って酒場を出た。あの日より恋焦がれ、サンクの元相棒と御揃いで作った、純白のボウガンを背負いながら。夢はもうこの手に在って、血肉の通う魂の一部…それでも未だ見果てぬから。落ち込むサンクの背中を叩いて、今日もミナガルデ最高の射手は狩場へと旅立っていった。

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