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「イデデデデ、放せコラ!ち、ちぎれる」
「大丈夫ですよ、キヨ様…指は片手だけでも五本ありますから」
「ちょ、おま…そーゆー問題じゃアダダ、アダッ!」
「シハキー、程々にしとくんだよー…それ、食べれないから」

 安穏とした昼下がりの午後。一仕事終えたハンター達が、束の間の休息に集う。武具の手入れや弾薬の補充の傍ら…誰もが皆、思い思いに寛ぎ安らいでいた。夜の喧騒とは違った、静かで穏やかな時間。女将不在の店内を、ラムジーだけが忙しそうに駆け回る。
 指に噛み付く雌幼竜を引っぺがして、ふとキヨノブは視線を巡らす。客を知らせる鈴の音で、誰もが振り向く酒場の扉へと。同時に広がる奇妙な違和感…小柄なローブ姿の客は、誰かを探すように酒場内を見渡していた。大剣を背負ってはいるが、同業者とは思えぬその気配。

「なんだ、男か…!」

 目深に被ったフードの奥を、一人のハンターが覗いて呟き…その直後に場の空気は一変する。不用意な一言を発した男が、突然キヨノブ達のテーブルへと吹っ飛んで来たのだ。招かざる客は無言で、今しがた振り抜いた剣をゆっくりと下ろす。同時にドアを蹴破り、大挙して押し寄せる甲冑姿の男達。

「男で悪かったね…西シュレイド王立騎士団、第三王女警護隊だ」

 ダン!と床に大剣が突き立つ。同時に発せられたのは、年端もゆかぬ少年の声。露になる素顔は成程、男である事に落胆しても仕方が無い。若き美貌の騎士は、慇懃無礼な見下した眼差しで所属を名乗った。彼の背後に居並ぶ面々こそが、騎士団でも有数のエリートナイト…俗に言うプリンセスガードである。

「ええと…あった。色が違うけどそれも貰おう。そこのキミ、それを…あれ?キヨさん?」
「キヨさん、じゃねぇ!お前ぇ何やってんだ!あぁ?何だよこりゃ…説明しろっ、マーヤ!」

 反射的にトリムは幼竜を引き寄せ、守るように抱きしめる。引き渡せと手を伸べる少年が、同年代とはとても思えない…その不遜な瞳に煽られる警戒心。未だ事情も飲み込めぬまま、アズラエルが庇うように立ちはだかった。シハキだけが不思議な表情で周囲を見渡す。

「本当にハンターになったんですね。ま、キヨさんにはお似合いですよ」
「だろ?これが意外に性に合って…っておい、どゆ意味だ!?だいたい前からイテ、テテッ」

 思わず手が出て、キヨノブはマーヤの襟首を掴んだ。だがしかし、瞬時に手首を捻り上げられる。嘗ては轡を並べた仲とはいえ、雇われ騎士とエリート騎士では雲泥の差。王族の護衛を任せられる者には、ありとあらゆる対人術が刷り込まれているのだ。度重なる暴挙にざわめき立つハンター達。思わず武器へと手が伸びれば、察した騎士達も腰の物に手を掛ける。

「お静かに…王国の騎士ともあろう方々が、無礼でありましょう?」
「御前等モナー!騎士様ニ手ェ出シテモ割アワネ…自重シヤガレ」

 騒ぎを聞き付け、奥から顔を出した御馴染みの面々。ツゥの一言で皆、渋々武器を手放した。同様に騎士達も、気圧され動揺して剣を納める。マーヤだけが控えず冷たい視線で、ハンマーを担いだ女傑を一瞥。次いで配下の騎士達を黙らせた、蒼髪の少女に目を細める。周囲のハンター達とは違う、どこか気品を漂わせる雰囲気に、彼はその名を思い出して口笛を吹いた。

「私はハンターのイザヨイ。騎士ともあろう方が名乗りも上げず何です?」
「大蛇丸家次期当主の、でしょ?…失礼、俺は第三王女警護隊所属…っと」

 少年はマーヤとだけ名乗った。手を放すなり殴り掛かってきた、嘗ての同志を蹴っ飛ばしながら。無論マーヤには、キヨノブを仲間と思った事は一度も無い。外様の使いっ走り騎士など、所詮彼にはその程度。強い抗議の意思を込めて、諌めるように睨むイザヨイ…その視線を撥ね退けマーヤは、フンと鼻で嗤う。何やら北海訛りで叫ぶハンターが、ボウガンを持ち出そうとして周囲に止められていた。

「いっ、家は関係ありませんっ!私は一人のハンターとして…」
「ああ、誰もそうは見ませんから。ん?こんな所に…それを今日は貰い受けに来ました」

 僅かに狼狽して取り乱すイザヨイ。その衣服の裾に噛み付きながら、一匹の幼竜が彼女を見上げていた。マーヤが指差し見下ろしても、動じる事無く首を傾げる。小さいながらも、その身を覆う鮮やかな蒼…まるでそう、飛竜を象る宝石のような輝き。気付いたイザヨイは慌てて抱き上げ、隠すように背後へ庇った。

「オジサン!大蛇丸家って?ね、知ってるんでしょ?」
「オ、オジ…失敬であるな!ワシはこう見えてもまだ…」

 緊張感に満ち溢れた酒場内で、トリムは騎士の一人を掴まえ問う。何処の誰にでも物怖じせずに、何にでも真正面から挑めるのが彼女の持ち味だ。無論それはこの緊急時でさえ、良い方向へと作用する。

「あ、ごめん。騎士様、イザヨイさんって有名なの?」
「ゴホン!良いかね御嬢さん、あの方はであるな…」

 無邪気な少女の声に、ついつい態度を軟化させる騎士。見た目に反して若い彼は、知る範囲で事情を語り始めた。トリムやその仲間達が始めて知ったのは、嘗て東方より流れ着いた者達の末裔の物語。遥か東方の地、シキ国との交易路を開いて、分断後の西シュレイド発展に貢献した八岐宗家の栄華。その系譜の本流に、イザヨイは名を連ねているのだ。

「手荒な真似は避けたいな…さ、渡して下さい。イザヨイ御嬢様?」

 挑発の言葉に強者の奢りを滲ませて。イザヨイを徐々に追い詰めてゆくマーヤ。

「むい、解った!…何となく。んじゃさ、オジ…騎士様。アイツは何なの?」
「マーヤ殿であるか?腕は立つんだが…ゴホン!ワシは好かんであるが…」

 何やら思う所あるらしく、男はより饒舌に喋りだした。半ば愚痴にも等しいそれを聞きながら、トリムは蒼髪の二人を交互に見やる。忍び寄る不安…無意識のうちに彼女は、腕の中のシハキを強く抱き締めた。潜在的な危機感を煽る、招かざる客の災い。それはもう、この場を飲み込み支配していた。

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