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「ムニャ、どぉよ…どぉよ、この俺様の実力はゲファ!ゴフゴフッ!」

 重装の大男が、妄想にまどろむキヨノブを襲った。吹き飛んだ騎士は、床に伏して伸びる彼へと降って来たのだ。鼻持ちならないマーヤを叩きのめす…そんな夢は唐突に終わりを告げる。情けない悲鳴と共に意識を取り戻し、キヨノブはゆっくりと起き上がった。圧し掛かる騎士を押し退け…次に飛んで来る騎士に眼を丸めながら。

「ちょ、まっ、待て待て!待てっ…ぬおおおっ!」
「っふう!…カー助、良かったね。お前、蒼丸って呼んで貰えたね」

 小柄な少女が合気と共に、苦も無く王国の騎士を投げ飛ばす。技という程の物ではない…ただ、無防備なイザヨイに手を出した悪漢を、そのまま勢いに任せて放り投げただけ。背後でカエルが潰れるような声を聞いて、勝気な瞳が居並ぶ騎士達を貫いた。

「なっ、なな、何であるか!貴様、無礼であるぞ!名を名乗れぃ!」
「メルだよ。メル=フェイン。何って…カー助のママで、いっちゃんの、っとっと」

 顔を真っ赤にして、三人目の騎士が突進してくる。それをブルファンゴをいなす要領で避け、メルはイザヨイを庇うように寄り添った。蒼い幼竜が首を伸べて、嬉しそうに一声鳴く。思わぬ救世主の登場に、場のハンター達は誰もが歓声を上げた。勢い余って人混みに飛び込む、先程の騎士を袋叩きにしながら。

「メル…?嘘、どうして…」
「むふ、ナイスタイミングだった?メルね、つい手が出ちゃった」

 沼地帰りの薄汚れた顔で、少し誇らしげに鼻の下を擦るメル。山猫亭のドアを潜るなり、彼女の網膜に飛び込んで来た光景…カー助とイザヨイに襲い掛かる、見知らぬ厳つい大人達。それを見た瞬間にはもう、彼女の身体は飛び出していた。躊躇する他のハンターと違って、彼女は思考より先に体が動く。

「マ、マーヤ殿っ!どど、どっ、どうすれば…マーヤ殿?」
「さて、誰がいっちゃん苛めたん?あ、お前か。何か性格悪そうだも…!?」

 うろたえる騎士達を掻き分け、突如空を斬る剣閃。咄嗟にメルはイザヨイを突き飛ばし、同時に身を翻して飛び退いた。彼女の輪郭が刻まれていた場所には、鋭い金属の刃が弧を描く。体勢を立て直して身構えながら、改めてイザヨイの…否、二人の敵を鋭く見据える。まるで鏡を見るかのように、自身と同じ怒りの瞳を。蒼髪の少年が巨大な剣を携え、その切っ先をメルへと向けていた。

「ママ?…はっ!拾って餌やりゃ母親気取りか!虫唾が走るっ!」

 まるで人格が豹変したかのように。マーヤは取り乱して叫びながら、手近で幼竜を抱くイザヨイへ剣を振り上げる。誰もが眼を覆い、その中の一部が咄嗟に飛び出した。だが間に合わない…騎士達でさえ顔を背けるその瞬間、メルは誰よりも早く反撃に転じた。
 明確な殺意を込めて飛来する短刀。まるで剣の重さを感じさせぬ素振りで、マーヤは難なくそれを叩き落す。身動きする間も無く見詰めていたキヨノブは、自身のバトルメイルが軽くなっているのを感じていた。背の短刀が全て無くなっている…一本は今弾かれて天井へ、残りはメルの両手に。遂に恐れ控えていた事態が現実の物となってしまった。

「ウホッ!始マッチマッタ!誰カめるちょヲ止メ…アワワ、落チ着ケ!時ニ落チ着ケッテ!」
「ええい誰か!見てないでマーヤ殿を止めるである…とっと、押すなである!押すで…んぐぐ」

 瞬く間に酒場は、興奮の坩堝と化した。溜まりに溜まった鬱積が爆発し、既に理性を留める者は少数…荒ぶる熱気にどこか薄ら寒さを感じながら、トリムはイザヨイを抱き起こす。周囲が騒ぎ立てる中、少年と少女は感情剥き出しの太刀筋をぶつけ合っていた。

「決闘だ!どっちに賭ける?俺ぁ思い出したぜ!あの騎士のガキ、腕だきゃぁ相当立つ」
「馬鹿聞いてんじゃねぇ!皆殺しのメルに10,000ゼニー…こりゃガチガチに固いぜよ」
「ココット育ちなら、あの悪童を知らねぇ訳ねぇ…賭けにならん。オッサン、アンタは?」
「むむ、そうであるな!マーヤ殿は剣だけは達者で…っと、うぬら!何を言わせるであるか!」

 狭い屋内を感じさせぬほど、縦横無尽に大剣を振るうマーヤ。その懐に何度も肉薄しながら、メルは躊躇無く致命打を繰り出す。切り結ぶ二人は輪舞を躍るように、人波を引き連れ酒場の外へ…一進一退、互角の攻防。

「まるで獣だな!ハンターって奴はこれだから!…チィ、さっき噛まれた手が」
「いっちゃん苛めた!カー助も!お前っ、許さないんだから!」

 突如躍り出る二人に、往来を道行く周囲は慌てて逃げ戸惑う。それに構わずメルはマーヤを、マーヤはメルを…まるで互いの尾を噛む毒蛇のように、執拗に危険な一撃を繰り出し合っていた。

「伝説の蒼火竜かもしれないんだぞ?それを…ママ?ふざけるなっ!」
「ふざけてるのはお前っ!騎士の癖に女の子に…いっちゃんに手ぇ上げて!」
「う、うるさいっ!…ああ、やってみろ!直ぐにデカくなるぞ!いいから養い育ててみろっ!」
「いつか巣立つ、その場を奪ったのはメル達だもん!カー助は…単なる竜の子供だもん!」

 手にした短刀の片方を捨て、メルは両手で構えて突進する。その細い首を横薙ぎに狙う、不気味に紋様の光る刀身を避けながら。薙ぎ払いを飛び越え、ダン!とその大剣を空中で踏み抜きながら。まるで引き絞られる弓の様に身を撓らせ、渾身の突き出すメル。無責任な歓声は瞬時に悲鳴へと変わり、真っ赤な鮮血が舞い散った。

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