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「うーん、何々…あーもぉ!簡潔に書くッスよ!簡潔に!」

 説明文が箇条書きで並ぶ、上質の羊皮紙を両手で掴んで。目の前に近付け、睨むようにサンクは目を通す。読み書きは出来るが、その意図を汲み取る事は不得手…彼女は小難しい話が苦手だ。とはいえ、頭痛に耐えてでも真剣になる他無い。自らの命を預ける、大事な武具の取扱説明書なのだから。
 事の発端は、今の彼女でも受けれるクエストを強請った事にある。山猫亭の女将は、素っ裸でハンターナイフすら持たぬサンクに、快くクエストを回してくれた。依頼人は王城の工房、内容は試作武具の実働試験。最近のゴタゴタで狩場から足が遠のいていたので、サンクは返事一つで引き受けたのだ。そして今、密林で汗だくになって唸る。

「んー、まぁ…当たって挫けろッス!説明書は解らなくなってから読めばいいスよね」

 そう呟いて納得し、説明書を畳んでポーチへ押し込む。同時に獲物の気配を感じて、サンクは身を伏せながら兜の緒を締めた。息を潜めて耳を澄まし、舞い降りる風圧を感じながら目を光らせる。特に工房からの指示は無かったが、大まかな説明を受けた時点で決めていた。今日の獲物はフルフル…炎を苦手とする飛竜。
 工房より受け取ったのは、先ずは基本的な三点セット。イヤンクックの甲殻と鱗を、翼膜で紡いた防具。加えて今、ミナガルデのラインナップには無い兜…クックヘルムを被っている。イヤンクックのクチバシをそのまま用いた意匠は、ご丁寧に特徴的な耳付き。軽くて頑丈で、それでいて高い集音効果が魅力…らしい。同様に隠密効果を高めたクックグリーヴを足へ。正に全身、これイヤンクックだらけ。

「炸薬を装填して撃鉄を…ありゃ?これ大剣スよね?むむ、王城の考える事は解らんスー」

 背負うは王立工房試作大剣。サンクはフルフルの動向に耳を澄ましながら、手早く準備を整える。竜骨の弾力とも、鋼鉄の無骨さとも違う、精密機械特有の質感。これから地上最強の眷族達へと、サンクが力任せに叩き付ける武器なのだが。何処かコワレモノのように、神経質な金属音で火薬を飲み込む。フム、と不安の吐息が漏れたが、再び背負って獲物へ接近…ヤインクックの翼膜で覆った靴底は、湿った土を足音も無く踏み進んだ。
 地を舐めるように這い、サンクは獲物へと接近してゆく。慎重にゆっくりと、静かに息を殺して。既にもう、フルフルの巨体は目の前。表皮に浮かぶ、脈打つ血管が目に見える程。これだけの接近を許しても、気付かれた様子は微塵も無い。視覚の退化したフルフルは、それ以外で敵意を察知すると言われるが…多少の消音も効果が見込めるようだ。

「さぁて、久々に一発…っと、厄介なのが来たスね」

 鼓膜を擽る殺し屋の羽音。怪鳥の耳を震わすランゴスタの羽ばたきを、そのままダイレクトにサンクは感じ取った。その距離まではっきりと。風上の高台から、徐々に背後へ接近するランゴスタ。強酸性の唾液を垂らしながら、餌を求めてのたくた歩き回るフルフル…それを見据えたまま、サンクは腰へと手を伸べた。盾の製造は間に合わなかったが、王立工房試作片手剣が鞘を滑る。奇怪な作動音が僅かに響いて、麻痺毒を持つ昆虫は四散した。

「んー…微妙!微妙ッス!こゆのは自分に向かないスねぃ…あ、やばっ」

 パチン!と音を立て、刀身が元の長さに収まる。それは蛇咬剣と呼ばれる特殊な構造…中心に通した鋼線の長さだけ、刃が分割されて伸びるのだ。展開時は剣というよりは鞭に近い。器用なハンターなら恐らく、雑魚掃除に重宝するだろう。もっとも、小手先の繊細さを求められる武器は、サンクの好みに合わなかったが。要熟練…提出するレポートにはそう書こうと決意した瞬間、フルフルが回頭した。その些細な距離感さえも、クックヘルムの探知機能が逃さず拾う。

「あちゃー、やっぱ耳もいいんスかね。臭いは…汗臭っ!これスか!?…んじゃま、勝負!」

 フルフルが何を頼りに餌を捕食するか…それは今も、ハンターや王城の書士達に論議を齎す。専ら嗅覚説が主流だが、ある者は聴覚説を推す。熱源探知説を高らかに謳う者の横では、精神感応説を呟く者も現れる始末。だがそれは、見つかるまでは必要だが。見つかった後はもう、論より力で応えねばならない。
 迷わずサンクは立ち上がると、地を蹴り自らの長身を放り投げた。鋭い牙の居並ぶ、真っ赤に開いたフルフルの大口へ。全身の血が沸騰し、僅かな火の粉で燃え上がりそうな程に。久しく忘れていた狩の興奮に、気勢の叫びを上げて突進するサンク。互いの距離を食い潰す様に、フルフルの首が伸びて彼女を襲った。だが、冷静に避けて身を沈めると、背中の大剣を即座に抜刀する。

「っしゃ、刃が通った!っと、これでトリガーを&%@¥#!」

 鈍い感触と共に、ブヨブヨの皮へと刀身がめり込む。鋭い切っ先は粘膜を引き裂き、肉へ食い込んで血を吹き上げた。同時にスイッチ…サンクは事前に受けた簡単な説明通りに、インパクトと同時に手元のトリガーを押し込む。全ては一瞬の出来事…炸裂する爆発と轟音で、サンクもフルフルも吹き飛んだ。

「っ!…みっ、耳が!耳がぁ!うう、こりゃ酷いス…性能は兎も角、組み合わせ最悪スよぅ」

 手元で煙を上げる、焼け爛れた刀身。それと兜の相性に恨み言を連ねて。サンクは強烈な耳鳴りから開放されぬ頭を叩いた。王立工房試作大剣は、やはり予想通り、ミナガルデの工房が試作した槍や槌と同種らしい…機械式の機構で火薬を用い、打撃の瞬間にそれを爆発させる武具。恐らく、これはミナガルデの骨爺や鉄爺も考えただろう。だがしかし、防音も兼ねた巨大な盾を持つでも無く、爆音を我慢するだけの継続打撃力も見込めない。それでも作ってしまったのは…

「趣味、スかねぇ…んと、ガンランスがあるから…ガンブレード?って感じスかね…!?」

 とりあえず、このままではマトモに闘えない。クックヘルムを脱ぐべく、サンクは慌てて顎紐を弄る。だが取れない。脱げぬように固く結んだのは、他ならぬ彼女自身。頑固な結び目に苦戦する中、視界の隅で身をもたげるフルフル。周囲を舞うランゴスタが、その振動で爆散するほどに…耳を劈く絶叫が響き、怒りの咆哮がジャングルに木霊した。それは何倍にも増幅され、サンクの脳髄を強打する。気絶してネコタクに載せられた彼女は、後日再び裸に丸腰で…王城からの依頼以外を求めて酒場でクダを巻くのであった。

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