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「フニャ!たっ、たた、助けてニャ〜!…ニギャッ!」

 何時もと変わらぬ昼下がり、人影もまばらな山猫亭。一仕事終えて寛ぐキヨノブに、何時もの災難が降りかかった。今はもう、黒い悪魔としか思えぬ給仕…メラルーのラムジー。彼はジョッキを口から離すキヨノブの顔面へと、必死になってしがみ付く。ズブ濡れの体毛が纏わりつき、瞬時にキヨノブの怒りは沸点へ。

「ラァァァァムジィィィィィッ!手前っ、何しやがる!酒が不味くなっ…!?」

 顔から離れたラムジーへと、キヨノブは不味くなった酒を噴出した。本来ならそれは、ドスランポスの初討伐を祝う、いわば勝利の美酒だったが。驚きの余り、今はもう味も定かではない。彼からラムジーを引っぺがした人物が、目の前で笑っていたから。全裸で。

「掴まえたスよぉ?さ、観念してシャンプーするッス!不潔なのはいくないスよー」
「お、御風呂なら先週入ったニャ!毛繕いだって毎日…ウニャニャ、勘弁するニャ〜」

 呆気に取られるキヨノブを尻目に、むんずとラムジーの首根っこを掴んで。濡れた髪もそのままに、サンクはずんずんと大股で踵を返す。もう片方の手には、既に観念したらしい蒼火竜の子を抱えていた。唖然とするキヨノブと目が合い、哀しげにクヘーと鳴き声を漏らす。

「あらやだサンク…昼間っから酒場を裸でうろつかないで頂戴」
「そ、そっ、そうだぞオマエ!つかおい、隠せって…あーもう、腰に巻くな!胸を隠せ!」
「あー、いいスよいいスよ。いやほら女将、ラムジーさんが超汚いスから…夜ならいいスか?」

 人にもよりますわ…呆れた気持ちを諦めで包んで。心底面倒臭そうにクエスラは欠伸を一つ。サンクは悪びれた様子も無く、首に掛けたタオルを腰に巻き、そのまま二匹を拉致して風呂場へ去った。あまりにアッケラカンと、底なしに堂々と。見てるキヨノブの方が恥ずかしい位。白い肌を彩る、健康的な日焼けのコントラストが眩しい。

「あら何?キヨはあゆの好みですの?悪いコじゃ無くてよ、サンクも…悪くは、ね」
「よしてくれクェス…じゃねーや女将。俺はこう、もっと大人の魅力を湛えた女性がだな」

 気安く呼んでは睨まれ萎縮し、言い訳がましくキヨノブは饒舌に語りだす。無論、若さがはち切れんばかりの純朴娘もいいが。やはり大人の付き合いは大人にしか望めないと。童女のようにあどけなく、また聖女のように貞淑で。それでいてやはり、何処か妖艶ですらある魅惑の香りを…

「…秘めつつ、情熱的にだな女将…え?寝言は寝て言え?…ひでぇよな、サンク?な?…あ?」

 どれだけ言い寄ろうとも、クエスラが気を許す事は無いが。苦笑を零してキヨノブは、隣に腰を下ろした人物へ同意を求める。直ぐに違和感に気付きつつ、口にしたその名が間違いでは無い事に戸惑いながら。間違いなく、そこに座っていたのはサンク…先程現れたその人。御行儀が良すぎる程に恐縮する、その長身は火竜の鎧兜に覆われていたが。まるで少し前の過去から、切り抜いたかのようなその姿。

「…あれ?おま…!?…俺、疲れてんのかなぁ」

 もじもじと膝の上で手を握る、もう一人のサンク。彼女の変わりに腹の虫が、キヨノブの独り言にはっきりと返答する。驚き顔を覗き込めば、今にも火が出そうな程に真っ赤。普段のサンクでは見られぬ表情に、キヨノブは僅かに覗く前髪の色を見逃した。

「…ま、その、なんだ…く、食えよ。腹減ってんだよな?さ、食…あ?なんだこりゃ!?」
「え、えと…ごちそうさまでした。お腹減ってて…あのっ!…お、おかわりいいですか?」

 既にもう、キヨノブが進めた皿はどれも空だった。一人寂しい祝勝会の、ささやかなご馳走が全て平らげられている。硬直したキヨノブの表情が、ヒクヒクと痙攣するのを見て。カウンターのクエスラは込み上げる笑みを噛み殺した。その横で、恥ずかしそうに皿を手に取り、そっと差し出すレウスシリーズの少女。

「お、おっ…俺の今日の稼ぎ…あああ!カ、カニまでっ!こんなに綺麗サッパリ!」
「いやぁ、いい湯だったスねぇ…ありゃ、まだ怒ってるスか?ラムジーさ…あれ?」
「おいこらサンク!どうしてく、れ…ん、だ?ってオイ、こりゃ…サンクが二人?」

 ぐったりと脱力した黒猫と、同じく翼も萎びたかのような蒼火竜を抱えて。風呂上りのサンクが酒場に姿を現した。無論、もう一人のサンクは今も、キヨノブの隣で腹を空かせている。両者を交互に見比べるキヨノブの、その呆けた顔を挟んで。二人のサンクは互いに指差し、表情を綻ばせて駆け寄り合った。

「スィス!何時来たスか!?いっやー、何年ぶりスかね!」
「おねーちゃん!この間のね、焔龍と后龍の討伐のね、話聞いて…来ちゃった」

 同じ顔が微笑み、同じ長身が手に手を取って回る。合わせ鏡を見ているかのような錯覚に、開いた口も塞がらないキヨノブ。辛うじて搾り出した驚きの言葉も、直ぐに喉の奥へと引っ込む。サンクを姉と呼ぶ少女は、突然防具を脱ぎだしたのだ。リオレウスの翼を編んだ兜から、藍色の髪がたおやかに零れる。そのまま篭手と具足を外すと、鎧の上下も躊躇なく脱ぎ捨てる。インナー一枚になった少女は、熱っぽい表情でレウスシリーズをサンクに突き出した。

「防具、全部駄目になったって…武器も!だから、おねーちゃん!これっ!」
「あわわ…駄目スよ、スィス。これは受け取れねッス」
「ううん、使って。私は予備のガレオスシリーズもあるし」
「いやでも…駄目!駄目ッス!いいから着るスよ…こんなトコで脱いじゃ駄目ス!」

 先程の醜態を棚に上げ、サンクは妹へ防具を押し返す。ハンターは皆、自分で得た武具しか使わない。それは掟と言うよりは…ハンター達の意地とプライド。故に、纏う武器防具を見れば、自ずと実力が知れるのである。サンクはこう見えても、山猫亭でのハンターズランクは高い方だったが…高ランクゆえに尚更、好意に甘える訳にはいかなかった。
 暫し押し問答を続けながら、姉妹はキヨノブを挟んでテーブルに座る…お互い半裸で。勝手に料理と酒が運ばれると、近況を語らいながらの酒盛りが始まった。キヨノブの伝票に追加を書き加えながら、仲の良い姉妹に目を細めるクエスラ…だがしかし、彼女は見てしまった。同時に絶句し、テーブルのキヨノブと同じ表情に凍りつく。酒場の戸口から、同じ五つの顔が…同じ顔の二人を見守るように覗いていた。

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