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 照り付ける日差しの熱と、身を揺らす激しい震動。そこに突如、身が軽くなったかのような浮揚感が加わって。ユキカゼは意識を取り戻した。と、同時に鈍い音を立てて大地に落下。大の字に倒れて天を仰ぎ、暫し思考を彷徨わせる。徐々に戻り始めた五感が、彼に生を告げた。

「毎度様ニャ!1,200ゼニー頂戴しますニャ〜!」
「お会計はクエスト終了後に、清算宜しくニャ!」
「それではまたのご利用、心よりお待ちしておりますニャン♪」

 ユキカゼをベースキャンプに放り出すなり、アイルー達はガラガラと車輪を響かせ去っていった。ギルドが手配してくれるネコタクサービス…彼等のお陰で昨今では、モンスターハンターの死亡率は飛躍的に下がったが。それでも狩りの危険が無くなる事は無い。ネコタクに回収される間も無く、命を落とす者は後を絶たない。運が悪ければユキカゼも先程、その一人になる所だったのだ。

「ふぅ、またやっちゃった、な」

 大きく溜息を付きながら、降り注ぐ陽光に掌を翳して。そのまま日差しを遮るように目を覆って瞼を閉じるユキカゼ。網膜に焼き付いて離れない、僅か数十分前の出来事が蘇る。御馴染みの狩りの仲間と、晴れ渡る森丘…そして怒りに荒れ狂う陸の女王リオレイア。それらは全て、追憶の底から辛い過去をユキカゼに思い出させる。
 それは忘れ難く、忘却を許されない記憶。故郷での友との、永遠の別れ…まだ無邪気で無謀だったユキカゼが、初めて絶望を知った緋色の思い出。胸の奥底に閉じ込めたトラウマが、後ろ向きな罪悪感に引き摺られて忍び寄る。何度もフラッシュバックする光景が、何度もリフレインする残響が…リアルに脳裏へ蘇り、ユキカゼを支配しかけた瞬間。再びけたたましい音が響いた。

「毎度様ニャ!先程のと合わせて2,400ゼニー頂戴しますニャ〜!」
「お会計は纏めてクエスト終了後に、清算宜しくニャ!」
「それではまたのご利用、心よりお待ちしておりますニャン♪」

 聞き覚えのある台詞を耳にした瞬間、ユキカゼは突然我が身に降ってきた影に悲鳴を上げた。

「この地方には便利なサービスがあるのですね…おや、大丈夫ですか?ユキカゼ様」
「だ、大丈夫…だと思う。アズさんがどいてくれたら」

 二人目の脱落者は、呑気にフムと唸ると。いそいそとユキカゼから離れた。山猫亭の酒場では、キヨノブと並んで三馬鹿トリオとして有名なユキカゼの仲間、アズラエル。彼は僅かに焦げた前髪を掻き揚げると、無表情で支給品ボックスへと歩を進める。その背を目で追い、ユキカゼも上体を起した。

「め、珍しいね…アズさんがネコタクで運ばれて来るなんて」
「初めて体験しました。ユキカゼ様が前に出過ぎて戦線離脱してしまいましたので」

 責めるでも無く、慰めるでも無く。その双方をどこかで期待していたユキカゼに、アズラエルは振り向かず淡々と事実を述べた。気まずい沈黙。確かに今日も、自分でも無茶だと解っていながら。踏み込みすぎて自滅したのは、他ならぬユキカゼ自身だったが。だが、それがアズラエルのネコタク初体験に直接結び付くとは考え難い…支給された弾薬をポーチに詰め込む、彼はサポートメインのガンナーだったから。

「そりゃ、俺は悪かったよ。何時もそうだけどさ。だからって、アズさんまで…」
「キヨ様がレイアの注意を引いてる隙に、と思ったんですが。油断しました」

 ユキカゼはドキリとした。体格も顔立ちも違うのに、振り返ったアズラエルに一瞬、亡き友の面影が重なったから。何が似てるとは言えない、寧ろまるで似てないのに…懐かしい雰囲気を感じた瞬間。アズラエルは背負ったボウガンの影から、一本の大剣を取り出し、ユキカゼの眼前へ突き立てた。

「気負いは何時もの事ですが、珍しいですね。忘れ物です…大事な物なのでしょう?」

 何故気付かなかったのだろう?愛用の蛇剣が手に無い事を。何故気付けなかったのだろう?わざわざ危険を冒してまで、アズラエルが拾ってきてくれた事を。大地を噛んでユキカゼを見上げる、蛇剣の瞳が光る。咎めるような、諭すようなその輝き。

「あ、うん…ありがとう」
「どういたしまして」

 ユキカゼの礼に無表情で応じて。アズラエルはそのまま、黙って手を差し伸べた。戸惑いながらも握れば、力強く引っ張り上げられて。ユキカゼは立ち上がると、じっと仲間を見詰めた。不思議そうに首を傾げながらも、アズラエルはベースキャンプを出ようと歩き出す。ユキカゼは意を決して蛇剣の柄に手を伸べると、勢い良く引き抜き背負った。気付けば暗い心の闇は、再び心の奥底へと深く沈んで消える。

「キヨ様が心配です…行きましょう。討伐出来れば、まだ報酬にも期待が持てますし」
「そうだね、こうしちゃいられない。望みは高く!今日こそ、せめてルークで寝たい」

 同感です、と素っ気無い返事。しかし肩越しに、僅かにアズラエルが微笑んだような気がして。ユキカゼは大股で力強く歩き出すと、彼を追い越し走り出して…そして突如、撥ね飛ばされた。三度現れたネコタクに。

「毎度様ニャ!報酬金全額頂戴しますニャ〜!」
「お会計は此方で、直接依頼主から受け取るニャ!」
「それでは次のクエストも、心よりお待ちしておりますニャン♪」

 鋭気を取り戻したのも束の間、頭を振って立ち上がったユキカゼが見たものは。プスプスと煙を上げて地面に突っ伏す、もう一人の仲間の姿。慌てて駆け寄るアズラエルが助け起すと、彼は引きつった笑みで言い訳を並べ始めた。

「いやぁ、尻尾がチョン切れたんで剥ごうと思っ…あれ?ゆっきー怒ってる?アズも?」

 大きな溜息を吐くユキカゼ。その肩をポンと叩いて、アズラエルは無言で俯き首を振った。こうして三人はまた今日も、虚しさと小さな教訓を狩りの成果として…仲間と連れ添い引き上げて行くのであった。無論、最近では泊まり慣れた、ポーンの硬いベットが待つ山猫亭へ。

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