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「ん、また…懲りない連中だなぁ」

 しかし、自分もまた人の事は言えぬ身だと自嘲して。遥か遠くで響く悲鳴が途絶えるまで、ヴェンティセッテは暫し来た道を振り返った。彼の目を持ってしても見通せぬ、緑に萌える森の奥深くで。また一組のモンスターハンター達が敗北を喫したらしい。
 ある者は上質の素材を求めて。またある者は名誉を、ある者は名声を求めて。ハンター達は己の命を賭して大自然へと挑む。常に危険が付き纏うその生き様は、愚かしくもあり滑稽ですらあるが。少なくともヴェンティセッテにとっては、羨ましくこそあれ笑う気にはなれなかった。彼もまた知識の探求に身を捧げ、その為に唯一つの命を賭ける王立学術院の書士だから。

「これ以上犠牲が増えるなら、アイツも銘入になんのかな…いや、違うな。もう限界…っと」

 独り言を呟きながら、再び歩を進め始めて。巨木の枝葉が空を覆う、薄暗い森の奥深くを行くヴェンティセッテ。彼の今回の調査目的は勿論、件のイャンクック亜種についてだったが。その驚異的な強さの訳が…そうせざるを得ない、そう望んで傷付き闘う理由が、既に彼には見当がついていた。

「…ちゃん、気を付けて。落ちたら危ないよー?」
「ん、だいじょ、ぶっ!?」

 突如、場に不似合いな人の声がして。一際立派に聳え立つ、巨大な古木を見上げた瞬間。ヴェンティセッテの視界は不意に、落下してくる少女に覆われた。身構える間もなく顔面で受け止め転倒…小さい悲鳴と柔らかな感触を知覚しながら、その声の主を彼は瞬時に思い出していた。この業界では少女は、それなりに有名だったから。

「イタタ…ん?ご、ごめんなさいっ!大丈夫ですか?」
「あ、ああ。こう見えて頑丈なもんでね。貴女こそ怪我は?オロチマルさん」

 焔龍と后龍を討伐したハンターとして。王都ヴェルドの高名な商家の娘として。何より先日、珍しい蒼火竜の子を巡っての騒動で、イザヨイの名を知らぬ書士は居なかった。無論、頭上から心配そうに見下ろし声をかける、蒼い幼火竜を連れた金髪の少女の事も。

「いっちゃん、だいじょぶ?そっちの人も…あ!やばっ、学術院の書士じゃん」

 器用に枝にぶら下がりながら、メル=フェインは目ざとく書士専用のコートに気付いた。以前の事件の事もあって、肩の幼火竜が怯えるように金髪へ潜り込む。ここ最近、ギルドのハンターと書士との関係は余り良好とは言い難く。慌ててイザヨイを抱き起こしながら、ヴェンティセッテは敵意が無い事を懸命に伝えなければならなかった。

「や、今回は蒼火竜絡みじゃないんだ…例のイャンクックが気になってね」
「!?…何か知ってるんですか?ええと、書士様は…」

 ヴェンティセッテ=キサラギ。そう名乗ってイザヨイを降ろすと、再びヴェンティセッテは頭上を見上げた。何やら思案顔のメルはしかし、諦めたように溜息を一つ。登ってくるよう手招きすると、彼女はクルリと身を翻して、枝葉の影へと消えた。互いに頷きあって、二人は絡むツタを手に巨木へ登り始める。
 聞いてたイメージとは違う、と。自分達を案内するメルを見上げて、ヴェンティセッテは自分の人物評を改めざるを得ないと感じていた。王立学術院では、それなりに高名なハンター達についての資料も豊富だが。読むと会うとでは大違い…イザヨイもそうだが、第一印象は驚く程幼く、何処にでも居る少女の様。

「しかし、いきなり木登りとは…おっ?」
「ほい到着。いっちゃん、疲れた?」
「ううん、平気だけど…ここは」

 突如視界が開けた。呆気に取られつつも、ヴェンティセッテは辺りを見回す。巨木の頂上は折り重なる木々の枝によって、まるで展望台のように平らに均されいた。メルの手を借りて引っ張り上げられたイザヨイも、隣で驚き言葉を失う。

「まさかここは…いやでも、そんな前例聞いた事無いぞ!?でも」
「書士さんは頭ええね、やっぱ。ほら、二人ともこっち来てみ?」

 木の上に築かれた、ここは蒼いイャンクックの巣。そして二人を呼ぶメルの足元では、沢山の雛鳥が口々に餌を強請って囀っていた。それこそが、ヴェンティセッテの捜し求めていたモノだったが…木の上に巣を作るイャンクックなど、見た事も聞いた事も無かった。

「あいつはね、いっちゃん。ああやって巣を守ってるんよ…ハンターが巣を見つけないようにね」

 やはりヴェンティセッテが予想した通り、巣に雛が居た。予想外の場所にだが。恐らくあのイャンクックは番の雄で、子育てに専念する雌と巣と、何より雛をハンター達から守っていたのだ。
 元気の良い雛達を見渡しイザヨイは、我が子の為に敢えて巣を去った、幼き日の友に祈った。お前の子達が健やかに、元気に育ちますように、と。そして、相変わらず袖に噛み付きぶらさがる幼火竜を抱き上げると、彼女は立ち上がる。

「うん…ありがとね、メル。よし、帰ろっか!ここは人が見つけちゃいけない場所だもの」

 後日、レポート作成に難儀していたヴェンティセッテの元に一報が届く。激闘の末に巨大なイャンクック亜種を、若き無名のハンターが討伐したと。新たな英雄の誕生にミナガルデが沸き立つ一方で、彼は一人想いを馳せた。巣から遥か遠く、森丘の外れで息絶えた一匹の蒼怪鳥へ。そして、既に巣立ったとの報告を受けている、気高き孤軍の怪鳥の血を受け継ぐ、蒼い一族の子達へ。

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