《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

「わぁ、これが砂竜の紫鱗…綺麗」

 砂丘に打ち上げられたガレオスの死骸。その立派な巨躯を打ち倒した射手は、剥ぎ取った鱗を眩しい太陽に翳した。灼熱の日差しを反射して、紫鱗は七色に輝く。トリムは初めて手にした物珍しい素材に、暫し時を忘れて魅入った。
 全身薄汚れた砂竜達は、その砂の奥に輝く鱗を秘めている。が、その中でも一際稀少な紫鱗は、ミナガルデの工房でも珍重され高値で取引されている。欲して求めてもなかなか手に入る代物では無い…が、今日に限って言えば、運が良かったとは言い切れなかった。もっともトリムにとってはありがたかったが。

「っしょい!これでっ、五匹目ぇ!」

 炸裂する音爆弾がトリムの耳朶を打ち、彼女を現実へと連れ戻す。悲鳴と共に飛び跳ねるガレオスへと、咄嗟にボウガンを構えたがしかし、雷光の煌きが砂竜を瞬時に屠った。斬破刀を背負いながら、メル=フェインが腰のナイフを手に屈み込む。ここはまだ危険な砂漠のド真ん中で、いまはまだ狩りの真っ最中…だが、ついついトリムは興奮を抑えきれず、紫鱗を片手に仲間へ駆け寄った。

「メルさん、メルさんメルさん!ほらほら、紫鱗!オレ、初めて見たっ!」
「おーおー、これが噂の紫鱗?メルも初めてかな〜、綺麗なもんだねぇ。んで、でんこ…」

 キモは?…トリムの紫鱗を物珍しげに眺めつつ。メルの一言に、トリムは今日の狩りの目的を思い出した。そして慌てて、ポーチを引っくり返して確認する。今日の狩りの目的は、砂竜のキモを集める事…しかし、鱗や背ビレが詰まった彼女のポーチから、納品すべきキモが出てくる事は無かった。

「まぁ、まだ時間あっからね。どんどん狩ろ?実はメルもまだ一個も無いんよ」
「むいっ!あっちの方にまだ沢山泳いでたから…あ、イザヨイさんとツゥさんだ」

 陽炎に揺らぐ砂丘の彼方から、小さな人影が二つ近付いて来た。それが二手に分かれた仲間達だと解ると、メルもトリムも手を振り合流する。もしかしたら既にもう、納品すべき砂竜のキモを揃えてるかもしれない…淡い期待に心が躍り、噴出す汗も構わず駆け寄る二人。

「いっちゃーん、ツゥさーん!首尾はどな感じ?」
「むふふ、まぁ見て驚くといいよ…ほらっ!」

 急かすメルを宥めながら、イザヨイはポーチの中を探る。その横ではツゥが、新しいクーラードリンクを空けていた。太陽は黄道を折り返したばかりで、今が暑い盛り…しかしメルもトリムも、熱気を忘れてイザヨイの手元を覗き込む。

「じゃーん!これが世にも珍しい、砂竜の桃ヒレだよっ!」
「お、おおーっ!これがぁ…凄いっ!何て綺麗なんだろ」

 自慢げにイザヨイが高々と掲げる、桃色の背ビレ。これまた始めて見る素材を前に、トリムは興奮気味にイザヨイの周囲を飛び回った。砂竜の背ビレは通常、砂色だが…稀に透ける様な桃色の背ビレが見られる。王立学術院やハンターズギルドの調べでは、繁殖期に入った雄のみ変色する等、様々な学説が存在するが。ともあれ、希少価値の高い良質な素材に違いは無く。イザヨイとトリムは手に手を取ってはしゃぎ回った。

「おめでと〜!これで鎧とか造ったら可愛いね。んで、いっちゃん…」

 キモは?…メルの一言に、イザヨイは硬直した。

「ええと、その…じゃーん!これが世にも珍しい、砂竜の桃ヒ」
「いや、それはもうええから。ひょっとして、そっちもまだ?」
「…ごめん、何か今日はヒレとか牙ばっかで」
「トコロデめるちょ、コイツヲ見テクレ…ドウ思ウ?」

 一部始終を眺めていたツゥが、おもむろに自分のポーチを広げる。パンパンに膨らんだそれを覗き込んで、三人の少女は絶句した。取れたて新鮮な、血の滴る砂竜のキモが皮袋一杯に詰まっていたから。これだけ集めれば、もう少しで納品数に達する事は数えるまでも無く明らかで。メルもイザヨイもトリムも、思わず頬を綻ばせて頷きあった。

「ツゥさんナイス!こんだけあればもう、あとチョットだね〜」
「トコロガドッコイ、俺ハひれトカ牙ガ欲シカッタンダケドナー」

 狩りの行方は一喜一憂、熟練ハンター程この手の経験に事欠かない。狩猟の女神は気まぐれで、欲すれば欲する程に、その必要度に比例して遠ざかる。誰しもが少なからず経験するのだ…稀少な素材ほど無欲な時に手に入り、頻繁に流通する類の物ほど必要な時はお目にかかれない。

「ひい、ふう、みい…ツゥさんが九個取ってるから」
「あと一個、あと一個で納品だー!」
「むいっ、そうと解れば後は狩るのみ」
「ウム、俺モ桃ひれヤラ紫鱗ヤラ欲シイッポ」

 まだ十分に時間はあるし、クーラードリンクや食料、弾薬にも余裕がある。まして広大な砂漠、周遊するガレオスの群は無数に存在する。誰もがクエストの成功を疑わず、ベースキャンプでの再合流を確認しあって四方に散った。が…やはり狩猟の女神は気まぐれで。あと一個という時こそ、その気まぐれは存分に発揮される。
 この日、山猫亭の酒場で馴染みの客に、ツゥの奢りでキモ鍋が振舞われた。無論、次の日も四人が、食道楽を究めた貴婦人の欲求を満たすべく、砂漠へと狩りに出かけて行く。その中に桃ヒレや紫鱗を求めるムロフシの姿があったが…彼女が再び中途半端な数のキモを持ち帰り、キモ鍋パーティの主催者になった事は言うまでもない。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》