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「55番と71番、86番、それと92番、失格!お前等全員、生肉集めから出直しといでっ!」

 モンスターハンターを中心に栄える辺境の街、ミナガルデ。

「34番、装填が遅い!失格!21番、センスが無い!失格!ついでに18番も失格!」

 その街外れに、ハンターズギルド公認のモンスターハンター訓練所がある。

「40番台、全員失格!お前達みたいなのをこの街じゃ、ワンウィークハンターって言うんだからね!」

 無論、訓練所での教育を受けていないハンターは多い。大事なのは結果であって、そこに到る過程では無いから。故に、訓練所を優秀な成績で卒業しようとも、高名なハンターに弟子入りして腕を磨こうとも…弱ければデビューした日から週末まで生き残れず、狩場で死体と成り果てる。弱肉強食の大自然が相手故に、訓練所が未来のモンスターハンターに課す試練は厳しかった。

「ガンナーってのは一瞬の判断で生死が決まるんだ、気ぃ抜いてると…ん?そこっ、何やってるの!」

 ヒヨッコガンナーが集う射撃場で、いつも通り叱咤の声を張り上げながら。雇われ教官のレイチェル=ライネックスは、指定されたターゲットを一発も撃っていない生徒を見つけて、その尻を蹴飛ばしてやろうと駆け寄った。が、怒鳴り付けようと吸い込んだ息が止まる。次いで溜息。

「あっ、あの…困ります、訓練中にアッ…や、やめてくだ…」
「いいからいいから、俺が手取り足取り教えてやるって。そう、もっとこう、腰をグハッ!」
「67番、失格!それと…ウィル!私の可愛い教え子に手ぇ出してんじゃないっ!」

 振り下ろした拳骨を握ったまま、レイチェルは懐かしい知己と再会した。ウィルと呼ばれた男は、ブン殴られた頬を押さえつつ、女生徒から離れて無様に転がる。その軽薄でふしだらなスケベ根性…間違い無く嘗ての同志、ウォーレン=アウルスバーグ。懐かしさが込み上げる反面、懲りずに他の女生徒に手を出す彼へ、レイチェルは遠慮無く再度アッパーカットをお見舞いした。

「ガハッ!グーで殴るなよ。俺はただ、純粋な善意からガンナーとしての手ほどきをだな…」
「純粋な下心から、だろ?大体アンタ、ボウガンなんて殆ど使わないじゃない」

 そりゃそうだ、と鼻血を拭いつつ。あっけらかんと笑って立ち上がるウィルに、レイチェルは再度深い溜息。しかし、昔と全く変わらぬその性格に、気付けば彼女は声を上げて笑っていた。厳しい事で有名な鬼教官が笑ってる…周りを囲む生徒達は皆、レイチェルとウィルを見ながら互いに首を傾げ合う。

「やっべ、教官笑うと可愛いかも…」
「あ、俺も前から美人かなーって思ってたけど」
「それより何処の誰だ、あのオッサン。胸の紋章とか、どっかで見た事がイテッ!」
「お兄さんって呼べや、ボウズ。それよっか教官、俺っちに代って手本でも見せてくれよ」

 オッサン呼ばわりした少年の頭を、ウィルは満面の笑みでバシバシ叩きながら。その手から素早くボウガンを奪うと、レイチェルに放る。反射的に受け取ったレイチェルはしかし…全生徒の視線が殺到する中、構える事も出来ずに硬直して押し黙った。その手が僅かに震えているのを、ウィルは見逃しはしない。

「う、うるさいバカッ!お前達も何してる、次は小休止の後に実地訓練だ!解散っ!」

 大いなる期待と小さな失望にざわめきながら。少年少女達はしかし、厳しい地獄の特訓から開放されて、我先にと射撃場から出て行く。若く活気に溢れた声が遠ざかると…取り残された二人に沈黙が訪れた。目を逸らすように俯くレイチェルを見詰めて、ウィルが静寂を破る。

「まだ撃てねぇか?あの時の怪我は癒えてる筈だが…一番でっけえ傷がパックリだな」

 レイチェルには全て解っていた。今日、突然ウィルが目の前に現れた訳を…迎えに来た訳を。そして、教官と言う立場に仮初の自分を見出しつつ…狩りの武具に対して、極度の拒絶反応を起す訳を。嘗て九死に一生を得て以来、彼女は狩りから逃げていた。後進の指導を言い訳にして。

「ごめん…怖いんだ。私もう…ごめん」
「ばっか、謝んなって。ちょっと顔を見に寄っただけさ」

 鋼の傭兵団《鉄騎》…半ば伝説と化し、畏怖と畏敬の念でもって恐れられる、一騎当千のハンター達。ウィルが籍を置き、嘗てはレイチェルも轡を並べ戦った時代があった。しかし、国家の一軍に匹敵すると言われた《鉄騎》も、ある事件を契機に縮小を余儀なくされている。その原因こそが、今もレイチェルの心の奥底に深い傷を作り、見えない出血を強いているのだった。

「今でも夢に見るんだ。あの時、瀕死の私を睨んで飛び去った…あの眼を思い出す度に身体が」
「いいさ…生きてりゃそんだけで。俺と団長は少なくとも、そう思ってんだけどな」
「ふふ、でも可笑しいよね…こんな私を先輩って呼んで、慕ってくれる子がいてさ」
「ん?ああ…あのやたら元気な御嬢ちゃんか…OK、今度紹介してくれや。俺が夜の狩り、っとぉ!?」

 レイチェル渾身の右ストレートが空を切った。辛うじて避けたウィルは、そのまま軽やかなステップで後ずさる。本気も本気、ブン殴る気満々の鉄拳制裁。追憶の日々そのままの光景に、ウィルは思わず目を細めた。その拳を黙って手で受け止めると、そのままレイチェルを抱き締める。

「ま、元気そうで何よりさ…気が向いたら何時でも戻って来いよ、レイチェル」

 暫しウィルの胸に顔を埋め、嘗ての仲間達に…懐かしい《鉄騎》での日々に想いを馳せるレイチェル。しかし彼女は、思い出したようにウィルを見上げると。満面の笑みで爪先を思いっきり踏みつけた。声にならない悲鳴を上げて、ウィルが飛び跳ねながら離れて転げ回る。

「まったく…危ない危ない、危く術中にはまるトコだった。ん、噂をすれば…」

 褐色の頬を上気させ、レイチェルの名を叫びながら。一人の少女が全速力で駆けて来る。愛弟子を迎えるレイチェルの、その優しげな横顔を見詰めながら。ウィルは黙って立ち去った。団長に…彼女の母親にはまた、何時も通りの報告で済ませようと思いながら。手負いのハンターにもいつか、いい風が吹くように願いながら。

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