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「あら珍しい…酷く疲れた顔してましてよ?」

 狩りを終えたハンター達で賑わう、夕暮れ時の山猫亭。そのカウンターの片隅に、静かにグラスを傾けるブランカの姿があった。クエスラが声を掛けると彼女は、頬杖付いたまま肩越しに振り返る。その顔には普段の凛とした表情は無く、疲労と焦燥の影が色濃く漂う。

「疲れたなんてもんじゃ無いわ、全く…今日はあの三人と狩りに出たんだけど」

 あの三人と言われて、即座に誰かを察しつつ。黙ってクエスラはカウンターに入ると、自分のボトルとグラスを手に取る。とりあえずは今日の無事を祝い、明日の無事を願って。ささやかな乾杯を交わすと、二人は杯を乾かした。

「で?どうなのかしらん?ブランカ先生的に…あの三人は」
「どうもこうも無いわ、あれじゃ先が思いやられる。ああもうっ、ホント困った子達」

 あの三人とは、言うまでも無くキヨノブ、ユキカゼ、アズラエルの三馬鹿トリオ。ブランカは今日、彼等と一緒に密林で水竜ガノトトスを狩ったのだが…無事討伐に成功したものの、ブランカは内容的にどうやら不満のようで。幾度と無く肝を冷やし、流石のベテランガンナーも心底疲れたらしい。

「先ずユキカゼ君ね…あの子、突っ込み過ぎなのよ」

 ブランカは後方から見ていた。巨大な水竜を前に、何の躊躇も無く斬り掛かるユキカゼの姿を。ここが攻め時と見切っての、間隙を突く攻撃ならば何も言わない。だが…少年の潔過ぎる突貫は、どこかブランカには無謀とさえ思えたのだった。

「次にキヨなんだけど…やっぱり基本がなってないのよね」

 ブランカは見逃さなかった。皆が水竜と命懸けで闘う、その合間を縫うように。隙を見てはせっせと、採取や採掘に勤しむキヨノブの姿を。無論、素材収集が悪いとは言わない…が、時と場所は選んで欲しい。新米ハンターなればこそ特に、とブランカはこめかみを押さえる。

「最後にアズラエル君は…何かしらね?イマイチ物足りないというか」

 ブランカは見抜いていた。アズラエル自身のハンターとしての技量を。しかし、どこかマニュアル然とした狩りへのスタンスが、ブランカを不安にさせる。やるべき事は全てこなすのに、それ以上を欲する気概が感じられない…そんな気がして、深い溜息を一つ。

「あらま、厳しいこと…でもまぁ、最初は誰でもそんなもんじゃなくて?」
「まあ、そうなんだけど。でも、何かチグハグな割りに纏まりは良いのよね」

 何も今日一日の、ただ一度の狩りで全てを評価しようなどとは思わない。ブランカ自身は誰よりも、人をどうこう言える身分では無いとわきまえていた。多少なりとも名の売れた身とはいえ、偉そうに若手にレッテルを貼る…そんな狩人には為りたくない。が、まだまだ未熟な後進に、死んで欲しくはないのも事実だった。

「確かにそれは言えてますわね…妙におさまりが良いと言うか」

 クエスラは互いのグラスに酒を注ぎつつ、ブランカの言葉を反芻した。三馬鹿トリオは三者が三様に、誰もが一癖も二癖もある問題児達だったが。不思議と三人で組めば、奇妙な期待と安心を感じさせる。現にブランカも、彼等の全てが駄目だとは思っていなかった。
 例えばユキカゼには、ハンターとしての基礎がしっかりと身に付いていたし。チャンスと見れば突出する、そのタイミングが絶妙な時もある。キヨノブも騎士上がりだけあって、体力面では何の心配も無い。加えて時々、チーム全体を見渡す広い視野を発揮する。アズラエルもガンナーとしては抜群の安定感があったし、基本に忠実で無駄の無いペース配分は、前衛の二人を良く助けていた。

「でしょ?でもこれが、傍から見てるともう疲れて疲れて…でもちょっと羨ましいかな」

 それは恐らくブランカから見れば、恐ろしく非効率的で、もどかしい程に非合理的。しかしそれでも、手探りで這って進むように、毎日を懸命に前進し続ける新米ハンター達が、どこか彼女には羨ましかった。だからこそつい、御節介を焼いてしまう。未熟な狩人が死ぬか生きるか…それは全て、大自然のみが決める事と知ってさえ。

「っと、今夜も混んでるな…見つかるかな?」
「ほら、何時もの席にいらっしゃいましたよ」
「おーい、ブランカさんよー!一緒に飲まねぇかい?」

 噂をすれば影…酒場の扉が勢い良く開かれ、チリリンとベルが鳴る。混雑する店内でブランカを見つけると、三馬鹿トリオは人混みの中をカウンターへと分け入った。

「あらやだ、まだ御説教され足りない訳?」
「いや、まぁ、その…それはもういいからよ。なぁ?」
「うん、折角一緒に狩ったんだし…」
「御迷惑で無ければ是非、夕食でも御一緒に」

 実はガノトトスをどうにか討伐した後、ブランカは三人を並べて正座させ…こってり小一時間程、油を絞ってやったのだが。多少は懲りて学んでも、それで落ち込みへこたれないのがこの三人である。

「困った子達ね…まあいいわ、反省会も兼ねて今日は御馳走してあげる」

 そう言うが早いか、ブランカは三馬鹿トリオを引き連れると、空いたテーブルを求めて店の奥へ。その姿が雑多な喧騒の中へ消えてゆくのを、クエスラは目を細めて見送った。

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