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 合金製の巨大な盾を構え、キヨノブは身構え息を飲む。鳴るな歯の根…恐怖と緊張にガチガチと鳴る歯を、一人呟き喰いしばって。彼は激しい衝撃を受けながらも、腹の底から込み上げる不適な笑み。腰を落として踏ん張り、足は大地を掴んで踏み止まる。火竜のブレスを受けて、盾は表面の塗装が溶ける程に加熱していた。

「っしゃ、突っ込めゆっきー!アズは援護、撃ちまくれっ!」

 キヨノブが叫ぶより早く、弾幕の着弾に導かれて。ユキカゼが背の大剣に手を掛けつつ疾走する。狙うは火竜リオレウス…その頭部。ブレスを吐いた直後の無防備な瞬間へと、少年は放たれた矢の様に吸い込まれてゆく。迫る狩人に気付いたリオレウスは、弾丸の礫に小さく怯んだ。
おっかねえ…冷たい汗に背筋を濡らしながら、一人呟くキヨノブ。しかし同時に、言い表せぬ興奮が体内を駆け巡るのを感じて。眼前で繰り広げられる、火竜と少年達の死闘へ飛び込むべく、疲れ傷付いた我が身に鞭打った。

「かなり弱ってはいるはずですが。取りあえずユキカゼ様、離脱を」
「くっ、まだ飛べるのか!?逃げるっ…キヨさん?」

 鮮血を撒き散らしながら、リオレウスが大きく羽ばたく。その風圧に抗いながら、キヨノブは槍を構えて身を低く、地を這う影の様に突進する。言葉にならない気勢を叫んで、渾身の力をこめて繰り出される鉄槍。それは、今正に飛び立たんとする火竜の、傷だらけの頭部にめり込んだ。中心線をやや外れたものの、紅玉の様に輝く真っ赤な双眸の片方が潰れ、耳を劈く絶叫が周囲に響く。

「っしゃあ!取っ…お、おわーっ!?」

 トドメの一撃を確信したのも束の間、リオレウスは激しく首を振ってキヨノブを引っぺがすと、そのまま空へと舞い上がった。放り出されて地面に叩きつけられ、風圧に煽られ転げ回りながら。キヨノブは仲間達に上体を抱き起こされると、暫し呆然と視線を彷徨わせた。空の王が飛び去った森の奥へと。

「今ので決まりと思いましたが…流石は空の王と呼ばれるだけはありますね」
「でも手応えアリだね、いけるよ。うん、今日はいけるっ!」

 ユキカゼは愛用の蛇剣を砥ぎながら、そよぐ風へと首を巡らす。手負いの獲物はまだ、ペイントボールが発する刺激臭を引き連れたまま、近くの森へ潜伏しているらしい。アズラエルも弾薬を装填しながら、素早く応急薬と携帯食料を再配分し始めた。受け取るなり封を切り、詰め込むように携帯食料を頬張るユキカゼ。自分もと手を伸べ立ち上がろうとして…キヨノブは異変に気付いた。

「?…キヨ様?」
「やべぇ、腰が抜けちまった…立てねぇ」

 身体に力が入らない。疲労困憊の身で渾身の一撃を繰り出して…それを上回る大自然の驚異を見せ付けられて。肉体はキヨノブの意に反して、全く言う事を聞かなかった。そのまま大の字に全身を投げ出すと、彼は子供の様に手足をばたつかせて悔しがった。ユキカゼとアズラエルは互いを見合わせ、思わず笑みを零す。

「チクショウ、びびっちまった!ああもう、おっかねえっ!」
「ははは、確かに…俺もあれで終わったと思ったんだけど」
「ふふ、でもキヨ様…ちょっと格好良かったです」

 大自然は時として、容易に人の常識を覆す。満身創痍のリオレウスが、頭部に致命傷を受けたにも関わらず…まさか逃げ果せるとは。恐らくベテランのハンター達でも、想定することは難しいだろう。トドメの手応えを確信したキヨノブ本人ならば、尚更である。
 しかし不思議と、胸の内より沁み出す充足感がキヨノブを満たしてゆく。疲れさえ今は心地よく、傷さえ今は愛おしい。こんなにも日々が、興奮と感動で溢れているなどと…少し前のキヨノブには考えられなかった。遠く異国の地で今、命を燃やすに足る生き方に出会った。共に生きる仲間まで得られたのだ、もう何も言う事は無い。

「いよっし、今度こそトドメといくべ!」

 呼吸を整え、勢い良く立ち上がって。キヨノブは携帯食料の封を噛み切ると、応急薬で胃に流し込んだ。咽てアズラエルに背を叩かれながらも、口元を拭って背筋を伸ばす。既にもう、獲物が放つペイントの匂いは弱まりつつある…時間はもう、残されるところ僅か。

「この方角だと…九番かな?水場があるし」
「難所ですね。あそこは最近、メラルーも出るみたいですし」

 額を寄せ合い、少年達が地図を覗き込む。軽くストレッチで身体を解すと、キヨノブも二人の背後から首を突っ込んだ。三人の視線は、地図上の一点…九の番号が振られた地区へ注がれる。そこは平和で穏やかな森丘に、唯一存在する緑の激戦区。狭く視界の悪い樹木の回廊は、今まで多くのハンター達を苦しめて来た。
 ユキカゼとアズラエルは頷き合うと、武器を背負って駆け出した。その背を追いかけ走りながら、キヨノブは高鳴る鼓動に血潮を燃やす。初めて三人で、リオレウスの討伐に成功するかもしれないのだ。飛竜の中の飛竜たる、雄の火竜リオレウス…何時の時代も、ハンター達の厚き壁として立ち塞がってきた強敵。

「締めて掛かろうぜ、ここで下手打っちゃあ元も子もねぇ!」

 元気のいい返事を返して、少年達が加速する。その背を追ってキヨノブも、萌える木々の合間に分け入っていった。

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