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「やーん、もぉ…何この子、可愛いっ!おいで、コワクナイヨー」

 黄色い歓声を上げて腰を屈めながら、おいでおいでと手を伸べる。だが、蒼い幼竜は怯えたように、母親代わりの金髪へと潜り込んだ。この店の女将に対する時と、まったく同じ反応…だがしかし、幼竜に逃げられた女性は、心底残念そうに悔しがった。碧色の髪を掻きあげ立ち上がると、カウンターのクエスラと苦笑を零し合う。

「カー助はキリングな人には懐かないんよ…ねー、いっちゃん」
「んもぅ!メルったら…ごめんなさい、ソフィさん。どっちも悪気は無いんです」

 イザヨイがペコリと頭を下げ、メルと幼竜は互いに顔を見合わせる。その姿に目を細めながら、ソフィと呼ばれた女性ハンターは、にこやかに笑ってカウンターに腰掛けた。背から巨大な、幾重にも封印を施された大剣を降ろしながら。懐かしげに周囲を一瞥し、酒場に充満する雑多な空気を吸い込んで。

「こーら、誰がキリングですか?私は女将と違ってか弱いんだから」

 頬を膨らませて抗議する、その子供っぽさも愛らしいが。異国の和装を思わせる、珍しい武具に身を包んで居なければ…確かに彼女は、可憐な女性に見えたかもしれない。だがしかし、モンスターハンターと呼ばれる人種を何より雄弁に物語るのは、彼等彼女等が身に付ける武器や防具。それに倣って再考すれば、誰もか弱いとは思わないだろう。ソフィ=レッドアイは間違いなく、誰もが認める凄腕の狩人。

「あ、そうだ!忘れてたわ…はいコレ。メル達にお土産」
「お土産?お、み、や、げぇ?ソフィさん、自分には?自分には無いスかー!?」
「へへーん、バカサンクにはあげなーい!だって全部食べちゃうじゃん」

 異国の銘菓を頭上に掲げて、メルが酒場内を逃げ回る。追い駆けるサンクを引き連れ、若きハンター達は酒場の奥へと消えていった。笑顔で見送り、ソフィはカウンターに向き直る。騒がしい酒場の雰囲気に紛れて、たちまち彼女は背景に同化した。女将の前に座る彼女を、客の誰もが気にも留めない。

「で、誰と違ってか弱いのかしらん?」
「ん?あー、んと…取り合えず私はか弱いですよ?」
「…ま、良くてよ。それより、処分が決まったんじゃなくて?貴女が来たって事は…っと、何?」
「はいこれ。マスターが貴女にって…それだけよ。それ以外は何も言われてないんだから」

 ギルドマスターの使いは、そう言って一振りの剣を渡す。戸惑いながらも受け取るクエスラ…その表情は、手が触れた瞬間に豹変した。恐らく旧世界の竜人達が記したであろう、禁忌を示す封印の数々。その奥でまるで、息衝くように脈動する刃。ギルドナイトや王立学術院の書士でさえ、実物を見た者は少ないだろう。神話の世界より伝説を築いて来た、龍殺しの剣…それが今、クエスラの手の中にあった。

「どういう意味かしらね、これ…他には?私、まだギルドナイトで居ていいのかしら…」
「自分で考えろ、って事です。貴女以外の誰が、これを振るってミナガルデを守るんですか?」
「…そう、ではやはり来ますのね?」
「ええ…来ます」

 神妙な顔付きで、互いに見詰めて頷く二人。普段からソフィに懐いているメルやイザヨイも、今この瞬間もし居合わせたら…恐らくは声を掛けれずに戸惑うだろう。もっとも、直ぐに張り詰めた緊張を解き、ソフィは目尻を下げて溜息を付く。

「そう難しく考えない!…女将、貴女の代わりなんて居ないのよ?」

 ハンター達を束ねるギルドを支える、絶対的な権力の象徴。王国に対してハンター達の権利を主張し、その存在を認めさせるチカラ。ギルドナイトは一騎当千、僅か十二名で均衡を保たねばならない…多方面からの外圧に対して。だが、今やその規模は全盛期を過ぎ、団員にも三つの空席を数える程。広がるハンター達の生活圏に反して、確実に縮小する一方だった。常駐するギルドナイトの居ない街も増え、ソフィのように掛け持ちの者まで出る始末。緩やかな、しかし確実な衰退には訳がある。

「女将や私のようなハンターは、もう二度と現れないんだから…マスターは気付いてる」

 ハンターも変わった。辺境に人目を避けて住み、獣と闘い自然に生きる者…知恵と勇気で飛竜を狩る者。それが今ではもう、狩場が足りなくなる程に増え広がった。故に王国の警戒心を煽り、自らハンターズギルドを必要とする程に。その手に握る武器も、その身を守る防具も、昔とは比べ物にならぬほど豊かになった。文明の発展と発見が、ハンター達の狩りをより安全で確実な物へと変えたのだ。今もって飛竜との闘いに危険は伴うが、それは昔とは比べ物にならない…火竜を狩る者ももう、珍しくはないのだから。

「確かにハンターは豊かで賢く…そして弱くなりましたわ。少しだけ。でもね、ソフィ…」
「あら、その手…どしたの?この間の騒ぎで?」

 確かに今、ハンター達は忘れ掛けている。この大自然で糧を得て、探究心の渇きを潤す本質を。だが、忘れ掛けてても決して、忘れ去った訳では無い。眩いばかりに輝く、若きハンター達の時代は…過ぎ去った遠い過去では無く、今この瞬間なのだから。
 クエスラは傷の治り具合を確かめるように、ソフィの前で拳を握る。まだ鈍い痛みが残るのは、余りにも鋭い一撃に貫かれたから。怒りに我を忘れるのは、未熟としか言い様が無いが。今ではもう、どこか誇らしげですらある手の傷へ、ソフィも優しく手を重ねる。

「そっか…あ!じゃあ無理?あのね、それの試し切りがてら、討伐依頼があるんだけど」
「前哨戦って訳ですわね。その依頼、私達に回って来るって事は…」

 黙ってソフィは頷き、その表情から温和な笑みが消え去る。告げられる銘は、荒れ狂う火山の王。既にもう被害は多数に及んでおり、鉱山は一時閉鎖へと追い込まれているという。討伐に出たハンター達は、誰一人帰っては来なかった。剣の山が動いた…その一言に、クエスラの拳に力が篭る。真新しい包帯にはもう、血の滲む事は無かった。

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