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「ねぇ、音爆弾は…?」
「ネーゾ。支給品ハアノ二人ガ…全部がめテッタカラナ」

 むふ、と左右非対称の笑みを浮かべて。蒼髪の少女は肩を竦めて木陰に潜む。隣に屈む屈強な戦槌使いも、その隠密の術に倣って。二人は揃って、これから起こるであろう事態を静観する事にした。無論、その結果も全て踏まえた上で。イザヨイとツゥの視線の先に、海岸線を歩く怪鳥の姿。
 その時、イャンクックを襲ったのは…耳を劈く音爆弾の尖響。驚き慌てる彼女か彼か…兎に角、気侭に密林を闊歩する、罪も無い怪鳥は今。確かに突然、平和な日常から放り出されたのだ。野蛮な知性を獰猛な文明で武装した、人間達の狩場へと。

「っしゃぁぁぁぁ!今だっ、ここは自分がぁぁぁぁ!貰ったッスゥゥゥゥ!」
「チンクめぇ、やらせるかー!ずぇぇぇぇったい、メルが納品すんのぉー!」

 少女達は飛び出した。物欲漲る瞳を輝かせ、我先にと互いを邪魔しながら。比較的安全とはいえ、人ならば誰もが恐れる怪鳥イャンクックの足元へ。毒矢用の小瓶を開封するなり、相手へ中身をぶっかけ妨害しているのがメル=フェイン。それを避けつつ、手頃な容器が無いのでマカ壷を抱えて走るのがサンク。眼も当てられない形相で疾走する、彼女達こそがハンター。危険も省みずに大自然へと挑む、この世界の主人公達。

「あっ、なんだあれはー!チンク、肉がぎょーさん落ちてるよー」
「えっ!?どこ?どこスかー、ってその手に乗る自分じゃないス!」
「ちっ、こんにゃろーめ」
「めるめるこそ、あそこにハイレグスケスケ水着のいっちゃんがー」
「うっさいバカ!ワイウキバケーション程度でぇ、譲れるかー!」
「むむむ、しかぁし!最後に正義は勝つッス!」

 ポン…そっと華奢な肩に手を置くツゥ。優雅な曲線を描くイザヨイの眉は、引きつる頬に合わせて痙攣していた。そんな彼女達の視界で今、一滴の輝きが眩く光る。それは遠くからでも確認出来る、世にも珍しい至高の逸品。この星の重力に引かれ、大きな水滴がゆっくりと零れたかに見えた。
 ゆっくりと、ただゆっくりと。キラキラと落ちてゆく光。それを追って、着地点へと滑り込むメルとサンク。全てがスローモーション…メルは空になった薬ビンを翳し、サンクはマカ壷を抱えて。竜の涙を手にするのは、果たしてどちらの狩人か!?ツゥは身を乗り出し手に汗握る。イザヨイはもう、呆れてむくれるばかり…結果は既に知れているから。

「おっしょぃ!竜の涙、ゲットォ!まぁ自分、超絶で超滅に優秀スから…楽勝ッスよぉ」
「おにょれ〜、スケスケは兎も角ハイレグに…踏み込みが鈍ったかなぁ…ってアレ?」

 空ビンを手にするメルと、地面スレスレの空中で交差…その瞬間。僅かに上を取ったマカ壷の底で、カランと乾いた音が一つ。勝者の奢りと敗者の言い訳が、立ち直りつつある怪鳥の下で交錯する。蓋をした壷をサンクが振れば、聞きなれた音が一つ。軽くて硬いあの素材…そう、間違いない。

「めるめるぅ、これって…」
「どう見ても…じゃない、どう聞いても鱗だねぇ」

 ジャンボ村で自称ライバルハンターを名乗る男は語った。怪鳥を驚かせれば、竜の涙が手に入る事もある、と。事もある、とだけ…それだけ言って男は去る。後に残るのは、少しばかり話の聞けない、夢と希望ばっかり大きな二人。その結果、イザヨイが思った通りに…呆気に取られる二人は今、頭上に怒りの怪鳥を仰ぎ見ていた。

「ハイハイ、馬鹿はそこまで!メルもサンちゃんも…狩りはまだこれからよ?」
「狩リノ時間ダ…ッテカ?捕獲モヨシ、討伐モヨシ、ザザミソ納品スルモヨシ」

 強靭な尾が空を裂き、力強い羽ばたきが大地を薙ぐ。既に獰猛な飛竜の顔を覗かせ、怒れるイャンクックが喉を鳴らした。その声に応えるように、鋼の刃が日に照り輝く。大剣を抜刀するサンクも、矢を番えてビンを握るメルも…イザヨイもツゥも、狩人の不敵な一睨み。気迫が雄叫びとなって、四方から怪鳥へと殺到した。
 少女が狩人に変わる時、世界の命がちょっとだけ入れ替わる。定命種の頂点へと、手を伸べる存在が居るから。絶対的な食物連鎖のピラミッドを下から這い上がる、脆弱で愚かな者達…人間。遥かな頂へと手を掛け、そこへ立ついかなるモノへも刃を向ける。見上げるだけの者達は皆、それをモンスターハンターと呼んだ。畏怖と侮蔑の念を込めて。

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