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「居た、やっぱり…今週八匹目。クックやらゲリョやら続けば、何時かはと思ってたけどー」

 背負う大剣へと手を添えながら、ゼノビアは相棒の言葉を待つ。連日連夜の招かれざる客に、既にもう慣れ初めては居たが。それでもやはり、別格を前にすれば緊張が蘇る。
 ここ数日、ココット村近辺の森は異様な賑わいを見せていた。群を為して逃げるブルファンゴやランポスが、街道を埋め尽くした日もある位だ。そして、その流れに逆らうように…何処からとも無く、飛竜がここへやって来る。今やココットの周辺は、飛竜横丁とでも言うべき有様。

「むい、手筈通りに。それにしても凄い…何て立派なリオレウス」

 ボウガンを構える少女は、ゼノビアに小声で応えながら。真っ直ぐな視線を眼下の火竜へ注ぐ。銘入とまではいかないが、その威容は正に空の王。翼を休めて地に伏して尚、ある種の畏敬を感じさせる。トリムは一時我を忘れて、赤褐色の巨躯に想いを馳せた。
 今やこの森は空き家も同然…大型小型を問わず、ありとあらゆる生物が激減しているのだ。まるでそう、迫る災厄から逃れるように。ただ一つ、飛竜や怪鳥の類を除いて。それは何故?まるで決戦の地に吸い寄せられるように、どの飛竜も興奮状態。それは小さき友も例外では無く…家のシハキは最近、連れ歩く事も出来ぬ程。

「まさか…みんなアレと戦う為に?ううん、そんな…でも」
「でんこー!早く、奴が動き出すー!」

 ゼノビアの声に我に返って、慌てて照星を覗くトリム。絶好のタイミングは過ぎ去り、リオレウスは再び動き出す。焦るトリムが身を乗り出すと、足元で枝の折れる乾いた音…痛恨の声をあげる間もなく、トリムは大木の幹から落下した。バランスを取ろうともがく空中で、交差する人と竜の視線。
 何とか着地し、すぐさまボウガンの無事を確かめながら。咆哮の洗礼を浴びて短い銀髪が凪ぐ。振り向くリオレウスの口には、湧き上がる紅蓮の炎。二人と一匹しか居ない森が、怒竜の業火で真っ赤に燃える。間一髪、舞い降りる剣がトリムを守った。

「ゴメン、ゼノさん!オレ、ちょっと考え事してて…」
「大丈夫、早く走ってー!このまま引き付けて、村と逆方向に誘導しよ」

 灼けたバスターブレイドを大地から引き抜くと、ゼノビアはトリムの手を取り走り出す。ただ一度のブレスを受けただけで、剣は背負えぬ程に熱い。それを引き摺りながら、二人の少女は全速力で走った。木々を縫って枝をそよがせ。直ぐ後ろを追う火竜は、森そのものを薙ぎ倒しながら二人に迫る。
 今週八匹目にして、今週最大のピンチ。ココット村最年少ハンターのトリムと、出稼ぎハンターのゼノビア。彼女達の仕事は、寄ってくる飛竜達を追い払う事。狩ってる時間は無いのだ…今、村は歓迎準備で大忙しだから。大人達が腹を括って備える傍ら、子供達は手分けして周囲を見回る。本当はコヤシ弾を打ち込み追い払うのだが…よりによって、一番危険な竜を相手に一番の大失敗。二人は乙女とは思えぬ必死の悲鳴で、無我夢中で走りに走った。

「やややや、やばっ!わわわわ忘れてた…どどどどしよ、ゼノさん!ここここの先」
「なななな、な、何がですかぁ?ここここのまま街道を横切れれれれば後は…あー!」

 不意に視界が開けた。申し訳程度に整地された、荒地に等しい一筋の道。瞬きする間に横断したのは、ミナガルデへと続くあの街道。一瞬の交差…鍛えられたハンターの脚が、飛び越したその場に。鍛えられたハンターの眼が見つけてしまった。旅装に身を包む、旅人の姿を。背後の気配は殺意の方向を変え、より容易い獲物に喰らい付く。

「「人が居るっ!!!」」

 しなやかな脚が地面を掴み、深々と大きく抉った。急ブレーキで振り返るや、踵を返して再度駆け出す二人。トリムが排莢レバーを引き上げれば、使い損じたコヤシ弾が宙を舞い…それが地に落ちるより早く、貫通弾が弦を噛む。その一連の動作を待たずに、ゼノビアは剣を構えて躍り出た。

「旅人の人、逃げてー!ここは私達がぁ…おひゃー!」

 続けて飛び出たトリムも、同様に素っ頓狂な声。突如、二人の前に落下音。ドサリと落ちてきたのは旅人の無残な姿…では無かった。鮮やかな肉の断面を見せる、それはリオレウスの巨大な尾。鮮血滴る肉塊が、呆気に取られる二人の前に転がる。ゼノビアは緊張の面持ちも色濃く、からからの喉に唾を飲み込んだ。

「って、剥ぎ取ってる場合じゃないよ、ゼノさん」
「す、すみませーん…つい癖で。でもどして?そう言えば旅人の人は…」

 周囲を見回すまでもなく、その光景は眼に押し入って来た。巨大な火竜が悲鳴を上げて、小さな人影から逃げ惑う。怒り荒らぶる飛竜を、いとも容易くあしらうのは…同年代の少女。振るう太刀より発する稲光が、ケープからはみ出る金髪を照らし輝かせた。手並みはミナガルデの猛者レベルだが、その剣先はココットの育ちを匂わせる剣術。加えてトリムは、剣士がガンナー育ちである事を見破った。彼女は、独特の癖を持つ人物を知っていたから。

「ん〜、この辺も物騒んなったなぁ…ちっさいとはいえレウスだもんね」

 どう見ても平均サイズの成竜を前に、少女はマントを脱ぎ捨てた。イャンクック亜種の鮮やかな青甲殻が身を包み、手足にはハイメタ系の輝き。頭部を守る兜の代わりに、豪奢な金髪が強い風に靡く。手にする斬破刀は、荒れ始めた空に呼応するように雷光を纏っていた。

「あー、あのコは確かぁ、前に焔龍と后龍を討伐した…」
「メルさん、オレ等も援護するっ!ゼノさんは後ろへっ」
「ありゃ?でんこじゃん…そっちは新顔さん?いいよ、メルがやっちゃうから」

 違和感。それは限りなく小さく、果てしなく鮮明に。小悪魔的な御転婆で、素直じゃないけど優しい彼女とは…何かが違う雰囲気。むしろどこか、昔のメル=フェインを彷彿とさせる瞳の輝き。話でしか聞いた事の無い、ココット村を追い出されるように後にした少女。僅かに漂う過去は、話に聞いた村の惨劇。

「追い出すだけでいいんだけど…ゴメン!しかたがな…あ、イザヨ…イ?さん?」

 二人の剣士が斬りかかる中、背後に人の気配を感じて。麻痺弾を装填し直しながら、トリムは振り返る。メル=フェインの相棒を期待して。だが、そこに蒼髪の少女は居なかった。白い布に包まれた大荷物を背負う、黒目がちな少女が一人…くるくる良く回る瞳で、不思議そうにトリムを見詰め返す。火竜の断末魔を聞きながら、謎の少女はニコリと微笑んだ。

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