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「メルが…メル=フェインが帰って来た?…ちっ、何だよ。気に入らないな」

 明日の仕事を受け取りながら、並み居るハンター達はニヤリと笑う。ほらな?だろ?言っただろ?内心呟く声は無論、眼前の男には聞こえない。だが、誰もが招かれざる客の追放を確信していた。今やココット防衛の責任者にして、若き村のリーダー…フリック=セプターの一言を聞いて。もっとも、次の瞬間にはその思惑は霧散するのだが。

「水臭ぇ!何だって俺ん家に顔を出さないんだ。クリオ、今日だけどな…」
「…解っている。泊めるのだろ?もう準備している」
「あ、ああ…いや、俺がやるから。いいから休んでろって…台所にでも寝せればさ」
「…お前は自分の為すべき事を為せ。私は動いてる方が具合がいいんだ」

 身重の妻を気遣いつつ、フリックは忙しく動き出した。ミナガルデのギルドにあるような、急ごしらえの掲示板の前で。予定された作業の幾つかに、新たにメル=フェインの名が足されてゆく。それを見て、呼ばれたハンター達の多くが憤慨した。誰もがココットの無事を心から願いながら…ハンターとしてのプライドが許さない。禁忌を犯した者と、自分達が同列に扱われるのは。

「今は人手が少しでも欲しい。君等の作業負担も軽減されるんだ…イヤかい?」
「ああ、イヤだね!フリックさん、アンタにゃ悪いがこれは譲れねぇ!」
「まぁ落ち着け、みんな!フリックさんも考え直してくれよ、俺らだって…」
「いいや言わせて貰う!アンタは村の人間じゃないから解らないんだ、あのガキはウォ!」

 台所から包丁が飛んで来た。

「…フリックはココットの人間だ。私の旦那だからな。何か異論は?」

 一同、黙って首を振る。振れる首が胴に繋がっている、それだけの事を幸せに感じながら。実際、ここ数週間というもの、フリックはこの村の人間として相応しい働きを見せていた。寧ろ働き過ぎていると思える程に。村のハンター達へ効率良く仕事を当てがい、来るべき災厄に備える…食事も睡眠も惜しんで、ココット村壊滅を回避するべく奮闘していた。影ながら支えて来たクリオとしては、聞き捨てならない言葉もある。

「気持ちは解るよ…完全に理解はしてないだろうけど。察するし、だからこそ曲げて欲しい」

 ボサボサの頭をフリックは下げた。書物が散乱する机に額が着く程に。気まずい沈黙に耐え切れず、一人また一人と部屋を後にするハンター達。飛び込んできたトリムは、複雑な表情で出て行く先輩ハンター達を、言葉も無く玄関前で見送った。
 誰もが皆、頭では解っていた。ミナガルデで名を上げた子が、故郷へ錦を飾ってくれる。あまつさえ、この危機に駆けつけてくれる。だが、素直に祝福する事が出来ない…メル=フェインは呪われた子。当時の凄惨なココットを知る者は皆、惨劇の再来を予感して身が縮んだ。

「…へへ、格好悪ぃとこ見せちまったな。どした?でんこ」
「あ、うん…その…」

 照れ隠しの苦笑を浮かべて、深々と椅子に身を沈めるフリック。その蓄積した疲労は、長い長い溜息となって零れた。トリムが想像していた通り、村のハンター達は納得する筈も無く。寧ろ己すら納得出来ない…そんな自分を払拭するべく、再度彼女は駆け出した。

「オ、オレッ、もう一回みんなを呼んで来るっ!だって、だって…」
「…待て、でんこ。いいんだ…もう大丈夫だから」

 静かな声がトリムを引きとめた。振り向くとそこには大きな御腹。湯気の立つマグを二つ持ち、その片方を小さく掲げるクリオ。底冷えする夜気を締め出し、二人は小さなテーブルを囲んだ。

「あ、あの…クリオさん。メルさんの事、みんな知ってた?」
「…ああ。村長が緘口令をな」

 沈黙は熱量だけを奪ってゆく。トリムの手に、熱い茶の温もりだけを残して。

「みんな知らないんだ、メルさんがどんな想いで戻って来たかって」
「…覚悟の上だったろ?あれは不器用だからな…嫌になったか?でんこ」

 僅かに身を硬くして、トリムはマグカップを握り締める。嫌になった…一瞬。確かにトリムは一瞬とはいえ、心が黒い霧に煙った。ココット村が、そこに住む大人達が、戻ってきたメルが。秘められた真実を前に、突如嫌になった。そんな自分へ何より、嫌悪感を覚えてならない。

「…守れるか?この村を。メルや今の仲間達と一緒に」

 既に冷えた茶を、トリムは一気に飲み干して。決意は固く、勢い余って椅子を蹴り上げながら。立つなり彼女は叫ぶ…叫ぶように呟く。未だ揺らぐ自分の心から、見えない勇気を振り絞って。

「守るよ…この村が好きなの、メルさんだけじゃないから。オレにだって…」

 守りたい物がある。例えば村そのもの、例えばそこへ住む人…大事な人達。何よりトリムには、守るべき特別な物があるのだ。弱い自分に決別して、皆と力を合わせて。

「…メルにもお前にも、皆にある…守る理由は。無論、こいつにもな」

 耳を打つのは大きなイビキ…騒音の源を辿れば、椅子から半分ずり落ちながら、フリックが豪快なイビキを奏でていた。肩を竦めてみせるクリオからはもう、昔の険しい無表情は見て取れない。村一番のガンナーも今は母親…その存在は正しく、フリックが村を守る理由。そしてそれは、誰の胸にもあると知る。ハンター達一人一人に。トリムが大きく、力強く頷いた。

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