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「東シュレイド共和国?」

 思わず聞き返すブランカへ、ハンターズの仲間達は一様に頷く。聞き慣れないその名は、読んで字の如く共和制を布く隣国。今は統一シュレイドと呼ばれる、嘗て存在した国家の片割れ。西シュレイド王国建国の歴史を紐解けば、避けて通れぬ名では有るが…決戦を控えた砦には、おおよそ無縁な単語にも思える。

「間違いねぇ、言葉の訛りですぐ解ったぜ」
「援軍…な訳ないよな?だって東とは国交断絶中だし。でもあの武装…」
「まともな人種じゃなさそうだよな…チラッとしか見れなかったけどさ」

 疑念を口にしては頷きあうハンター達。ブランカは増えた悩みの種に頭痛を感じた。慣れない騎士団との連携に、万全とは言えない急造の砦。加えてキナ臭い隣国の影…老山龍の脅威を前に、不安要素が多すぎる。
 勝算ありと見てのクエスト参加…だが、果たしてこの地で自分は守れるだろうか?西シュレイド王国の平安とミナガルデの繁栄を。何より、ハンターたる自分の誇りを。胸中に過ぎる黒い靄…だが、払拭しきれぬそれを悟られぬように。大きく息を吸うと、凛とした声を張り上げた。

「さ、御喋りはここまでよ!今は手を動かして頂戴…この件は私が調べておくわ」

 手を叩きながら周囲を見渡し、動揺せぬよう平静を促す。ブランカの言葉に誰もが顔を見合わせ、半分納得したような、半分腑に落ちないような表情で散って行く。今は確かに、頭より手を動かすべき時。迫り来る脅威を退ける事を、何より第一に考えなければいけない。その為に皆、ミナガルデでクエストを受注して来たのだから。

「さて、と。マーヤ君でも掴まえて問い詰め…あら、いっちゃん。おかえりな…」

 その少女はふらりと戻ってきた。虚ろな瞳で、血の気の引いた顔を強張らせながら。豪奢なインテリアのVIPルームから、半分吹き曝しの砦内ハンターズ区画へと。後へ続く幼竜の羽ばたきも、心成しか元気が無い。二度呼び止めて、三度目に肩を揺すられて。イザヨイはやっとブランカに気付き、力無く微笑んで見せた。

「あ、ブランカさん」
「あ、ブランカさん…じゃ無いでしょ。どしたの?ほら、襟元解けて…」

 慌ててイザヨイは襟を正すと、思い出したように突如脱ぎだした。驚くブランカの前で、少女はどんどん脱いでゆく…露になる白い肌。男女共用の場ゆえ、すぐさま殺到する男達の視線。どよめき立つ仲間達の人垣から、ブランカはイザヨイを連れ出した。粗末な麻布をカーテンとした、着替え用のスペースへと手を引いて。隠れていちゃつくカップルを追い出すと、二人で入ってカーテンを閉める。

「え、いや…みんな準備終えてるし、私も防具に着替えようと思って」
「脱ぐだけ脱いで、何に着替えるつもり?まだ箱ん中でしょ?」
「あ…そだよね。むふ、ちょとボケてた。取って来るね」
「いいから!私が行くから!そのカッコで動かないで頂戴…全くっ」

 指差し釘刺し、何度も何度も念を押して。ブランカは足早にイザヨイの荷物へと走る。クロオビにするからー!と、背後で開くカーテンに再度怒鳴りながら。言われるまでも無く、イザヨイが砦に持参したのはクロオビ防具一式。装甲よりも動作性を重視した、一流ハンターにのみ装着を許された逸品…と、言うより嗜好品。趣味と伊達と酔狂だけが、薄皮一枚程度の防御力を身に纏う条件。
 バタバタと戻り、カーテンの隙間から防具を差し入れると…優美なシルエットはモソモソと着替えを始めた。周囲で巻き起こる舌打ちを睨み返して、一人胸を撫で下ろすブランカ。それにしても気になるのは、普段からシッカリ者と評判のイザヨイの、余りに仰天な動揺っぷり。一人で砦上層へと呼び出され、いったい何が有ったのか…複数の点と点は、ブランカの脳裏でまだ線を結び付けない。

「…ねね、ブランカさん。ブランカさんは、何で砦に来たの?ココット行くと思ってた」

 落ち着かない蒼火竜の子供を捕まえ、その喉を擽りながら。ブランカは突然の問い掛けに、始めて納得した。余りに頼りない、普段からは想像も着かぬイザヨイの現状に。今の少女は半身比翼…片割れを欠いた状態に等しいのだ。その失われたもう半分は、今もココットで汗を流しているのだろうか?勝ち目の無い戦いとも知れずに。

「出来る事をする為よ。ここでなら出来る…少なくとも、あの強敵を退けられるわ」

 為すべきは解る。痛い程に。ココットと言わず、その先の…その更に先まで。罪無き人々にとって災害としか思えぬ古龍の襲来から、その生活を守る。脅かされて良い日々など、この地上の何処にも無い。だが…為すべき事と出来る事は、必ずしもイコールでは無い。そして今、出来ない事に夢見る時間は存在しなかった。少なくとも、ブランカ自身にとっては。

「いっちゃんもそうでしょ?この戦力でなら、最悪の事態は回避出来る…それが私の勝利条件」
「…偉いなぁ。私はね、ちょと違う。ねね、私が砦に真っ先に呼ばれたの、知ってる?」

 当然、銘入の飛竜を倒したとなれば、一流の名に恥じぬハンターと見なされる。それも頭に「超」の字が付くレベルだ。残念なのは、イザヨイ以外が王国の招聘に応じなかった事。もしあの四人が揃うなら、ブランカも頼もしさを感じてならないのだが。現実に今、ここにはイザヨイ一人のみ。

「私だけね、特別に呼ばれたの…第三王子殿下に。で、来ちゃった。メルと反対側に来ちゃった…」
「貴女は間違ってはいないわ。ハンターとしての判断なら。でも違うみたいね…何があったの?」
「…ん、そだねぃ…血、かな?血の秘密。その鍵」
「血?血筋ってこと?確かに大蛇丸家は名家らしいけど…」

 カーテンが開け放たれ、一人の少女ハンターが姿を現した。その顔は陶磁器のように白く、無理に作った笑みが張り付く。ボウガンを受け取るイザヨイは、既に臨戦態勢のハンター。だが、その姿はやはり、ブランカには大きな喪失感を感じさせた。隣に並ぶ金髪の少女が今は居ない。当然、飄々としたハンマー使いも、大喰らいな大剣使いも居ない。自分が居てやれる事が、何の足しにもならぬ事を痛感しながら…ブランカは気丈に笑うイザヨイにぎこちなく微笑んだ。

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