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「諸君!ミナガルデよりの参陣、御苦労である!」

 居並ぶハンター達を見回し、第三王子は満足気に頷いた。傍らに立つスペイドから見れば、つい先刻の醜態が霞む程の威厳。御大将自ら、砦の最下層へ赴き激励…御丁寧に差し入れの酒を携えて。だが、王都への馬車に乗る、そのついでに立ち寄った事は明白。冷ややかな視線で迎えるハンター達にも。

「さて、残念ながら私は王都へ戻らねばならない。が、その前に…」
「お待ち下さい、殿下」

 言葉を遮られた王子が、片眉を歪めて発言者を探す。人混みにごった返す狩人達の中から、現れたのは一人の女性ハンター。交差する視線は互いへ、全く真逆の印象を刻み付けた。ブランカは嫌悪感を隠す事に成功したが、王子は突如現れた麗人へ興味を隠せない。

「殿下、お聞きしたい事が…お答え下さい!彼等は何者ですか!」

 白く細長い指がピンと伸び、王子の隣に立つスペイドを指した。正確には、その背後に居並ぶ者達を。あまりの剣幕に少し驚き、即座に意を解してスペイドが退くと…ハンターズは遂に、謎の武装集団と対面を果たす。西シュレイド王家の紋章を付けてはいるが、その武具の意匠は確かに東シュレイド共和国の面影。ブランカの白い顔を冷ややかに見守り、スペイドは自身の本当の任務…謎解き役を譲る。

「この者達は私のガードだが…姉上や妹と違って、私には自分の騎士団がないものでね」
「隣国人に守られる王子がおりましょうか…その者達は全て、東シュレイドの手練でありましょう?」

 場の空気が凍り付く。僅かに痙攣する王子の唇を、目を逸らさず睨み付けて。舌鋒鋭いブランカの問い詰めに、誰もが息を飲んで返事を待つ。が、王子が言葉を返す代わりに、東シュレイドの男達は武器へ手を掛けた。頃合か…スペイドが意を決したその瞬間。ブランカの声が再度、意外な言葉で沈黙を破った。

「その者達も王都防衛にお加え下さい…砦の戦力に、殿下!」
「…ク、クハハッ!それはいい、ナルホド…いえ失敬」

 思わず笑みが零れ、スペイドは取り乱さず平静を装う。王子の一睨みを跳ね返して、眼鏡のブリッジを押えながら。だが、笑わずには居られない…そんな突飛な発想は、学術院の誰からも出ては来なかった。招かざる客、その正体は東シュレイドのアサシン集団。彼等を前に。今まさに攻めんとする場所を守れとは。しかも共に。

「殿下、彼等も砦の防衛隊として編成して下さい。殿下自身も是非、この場で指揮を…」
「な、なっ…何を馬鹿な。この者は何を言っておるのだ!?」
「どんな者達かを言ってるのではありません。ここで食い止める為なら誰の手でも…」
「スペイド、何をまた笑っておるか!この者を黙らせ…ええい黙れっ!」

 熱心に王都防衛を説くブランカを、突如激痛が襲った。王子の平手が頬を打ったのだ。どよめくハンターズと、呼応するかのように殺気立つアサシン達。その影でスペイドの笑みが消え失せ、眼鏡の奥で怒りの双眸が見開く。再び訪れた静寂に響くのは、殴った手を労わる王子の呻き声。幼竜に噛まれたその手は、白い包帯に血が滲んでいた。

「…守りたいのです。せめて王都ヴェルドは…そしてミナガルデだけは」

 打たれた頬もそのままに、乱れた髪の合間から睨んで。搾り出すような言葉に。ここに集うハンター達の想いが込められる。犠牲も払うし無理なら見捨てる、そんな合理主義者が呟く一言へ。モンスターハンターたる者、生まれ故郷はそれぞれ違えど…第二の故郷は皆同じミナガルデ。

「殿下は国を…王国を守りたくは無いのですか?」
「健気よなぁ…クククッ!そうか、守りたいか…西シュレイド王国を!だがっ!」

 邪気が溢れた。充血した眼を見開き、ブランカへと顔を近づける王子から。唇を噛み締め睨み返すも、その威圧感に飲み込まれる。権力に溺れた人間へ感じるのは、哀れみを込めた嫌悪感。だが、今は違う…ドス黒い野望に身を焦がす者へは、得体の知れぬ恐怖を感じる。名だたる飛竜を相手にして来た、百戦錬磨のブランカでさえ。

「貴様が死守するシュレイドと、私が簒奪するシュレイド…それは果たして同じ物かな?」
「なっ、何を…」

 老山龍に蹂躙されて、西シュレイド王国が滅びようとも。彼が奉ずるシュレイドは不滅。否、西シュレイド王国の滅亡こそが、新たなシュレイドの始まりなのだ。その意味をまだ知る者は無い。おぼろげに輪郭を掴むスペイドすらもまだ。

「どの道、老山龍を倒す事も退ける事も適わん。古龍をそこらの飛竜と一緒にするでないわ!」

 一つだけ手があるとすれば…と、意味深な笑みを零して。視線を泳がせながら王子はブランカから離れる。その瞳が目的の人物を見つけ出し、彼は普段の軽薄な自分を取り戻した。手を伸べるその先に、飛竜討伐用の武具に着替えたイザヨイの姿。

「さて、私は行かねば。イザヨイ殿、御同行していただけますね?」

 王子の踏み出す一歩は、イザヨイの怯え退く一歩。不気味な笑みでにじり寄る王子に、自然とイザヨイを庇って仲間達が集う。ブランカも慌てて駆け寄ろうと振り返る。その手はもう、ボウガンの銃杷を握り締めていた。彼女だけではない、誰もが皆同じ。口汚い言葉が次々とあがり、刃が無数に煌いた。認め難いが、王子から発する不気味な重圧に…屈強なハンター達は怯えるあまり武器を向ける。ただ一人、立ち尽くすイザヨイを除いて。もう一人、咄嗟にブランカを止めた影を除いて。

「はいそこまで…めぇーっ!でしょ?ハンターなら人に武器むけちゃ駄目っ」

 声の主は巨大な剣を、ドシリと床に突き立てる。純白の布に覆われたそれは、竜人族が施した無数の封印に縛られながら…低い音を立て、僅かに身震い唸る。振り返る王子はしかし、その異形の剣に眼もくれず…颯爽と現れた一人の女性ハンターを睨んだ。その口元はもう笑っては居なかった。

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