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「来る途中、所属不明の暗殺者達に襲われたが…心当たりがあろう?」

 囚われのイザヨイは確かに、王子の狼狽を肌身で悟った。我が身を拘束する男は今、酷く怯えて縮こまる。静かに詰め寄る実の姉に…西シュレイド王国第一王女に対して。
 偉大なる王が老いた今、実質的にこのシュレイドを治めているのは、聡明で慈悲深いと評判の彼女だが…今は近隣諸国が恐れ戦く、シュレイドの白い魔女と詠われた武人の顔。

「さ、さて…身に覚えがとんと。しかし良くぞ無事で…流石は姉上」
「世辞はよい。偽りも無用。小僧っ、連れて参れ!」

 決して目を合わせぬ王子を、詰問の眼差しで捉えながら。眉一つ動かさず、王女は合図を送る。その声に呼ばわれ出たのは、ハンターズの皆が見知った顔。マーヤは華奢な身に似合わぬ力で、虜となった暗殺者の腕を捻りあげながら歩いた。異国語で呻くその男は、先程の話に出た一団の一人らしい。

「この不届き者と同じ臭いがするのだ…この砦から。貴様の背中からな」

 抜剣の煌きが王子を指す。チェックメイト…野望は潰え、夢見果てたり。王子の壮大な国取り計画は今、完全に瓦解したかに思えた。囚われの同胞を見て、東シュレイドのアサシン達も戸惑いを隠せない。追い詰められたネズミのように、しかし猫へ噛み付く気概も無く。弱々しい足取りで王子は、イザヨイを連れたまま後ずさった。その身を守る様に、二重三重に取り巻く暗殺者達。

「まだ…まだまだぁ!か、かっ、考えようによっては好機!ここで姉上を…かかれぇい!」

 王子の頼りない号令を待たずに、既に四散していた影は殺到する。避ける気も無く威厳を保ち、ただ姿勢を正して立つ王女へ。咄嗟に飛び出すハンター達は、皆即座にソフィに食い止められた。例え異国の暗殺者といえど、例え王女の危機といえど…モンスターハンターが人に刃を向けてはならない。その時は先んじて、ギルドナイトの力が振るわれるのだから。そして無論、そんな必要は微塵も無かった。

「御苦労…私は大丈夫だ。が、王国の威信も守らねばなるまい?潰せ、徹底的にな」
「御意、仰せのままに」

 波打つ異国の刃は全て、巨漢の戦斧に弾かれる。遂に牙を剥いた王国の切り札が、温和で知的な仮面を外そうとしていた。片手で軽々とハルバードを振り回すと、スペイドは王女を庇って暗殺者達を退ける。
 王立学術院…西シュレイド王国のあらゆる学術分野を司り、多くの書士隊を辺境へ送り出す知的探求機関。が、それは表の顔に過ぎない。隠された真の責務は、騎士団が対処出来ぬ外敵から王家を守る事。ギルドナイトがギルドとハンター達を守るように。日も差さぬ蔵書に埋もれながら、日々シュレイドを見守る者達。

「では殿下、とくと御覧あれ…我等は王家最後の剣!王立学術院書士隊、参るっ!」

 外した眼鏡を握り潰すと、スペイドは異国の暗殺者達へ吼えた。火竜の咆哮にも似た怒声が空気を震わせ、戦慄と共に震撼する砦。獰猛な獣と化した一匹の書士は、たちまち王国の敵を薙ぎ払う。あっという間に混乱が場を支配し、敵味方入り乱れての乱戦状態へ…スペイドから逃れんとするアサシン達は、出口を求めて闇雲に周囲へ襲い掛かった。

「殺してはならん!スペイド、適度に半殺せ。彼奴だけは私が…」
「御意っ!下がれハンターズ、これは王家の問題…手出しは無用」
「そうよー、駄目だからね?ハンターたるもの人に…ちょっと、どこ触ってん、のっ!」
「ソフィさん!?…素手ならいいのかしら。とりあえずみんな、降りかかる火の粉は…」
「ガッテン!野郎共、こいつは喧嘩だ!やっちめぇ!」

 強烈な平手で、一人の男が壁まですっ飛んだ。ソフィはすぐさま手を引っ込め、自分のか弱さをアピールするが…既に周囲はもう、誰も目の前しか見ていない。手当たり次第に手近な相手を、ひっ掴んではブン殴り、ひっ叩いてはブン投げる。乱痴気騒ぎの大乱闘にも優雅さを失わず、王女は人混みの中を掻き分け王子に迫った。

「もはやこれまで、観念いたせ。悪いようにはせん」
「姉上、やはり貴女は立ちはだかる!いつも、いつも…いつもいつもいつもっ!」
「統一シュレイドの復活なぞ、馬鹿な事を。東の王権復古派まで巻き込みおって」
「復活?違うっ、創りだ!今こそ真聖シュレイド帝国の鼎立を…ん?」

 長年にわたる姉弟の因縁が今、互いの宿命の元に邂逅する。交錯する眼差しは、決して相容れぬ反発の双眸より放たれて。澱んだ劣等感に憎悪を滾らせる王子は、悲しげな哀れみに溢れた王女を睨み叫んだ。周囲の騒ぎが遠退き、二人だけの空間で決着が…そう思われた刹那、王子の肩を無造作に叩く手。

「ええい、邪魔をするな!姉上、今日こそ言わせて貰う!姉上は賢すぎたっ!」」

 気安く触れる手を払い、その手の持ち主は見ないで。王子は唾を飛ばしながら激して喋り捲った。何度も肩を叩かれ、その都度あしらいながら…まるで泣き濡れた幼子のように、何時しか感情を爆発させて。その腕に捕らえられたイザヨイは、見上げる王子の頬に光を見た。

「あの時もそうだ!姉上が勝手に…よせ、触るなっ!気安いぞ貴様、下賎のもゴッ」
「さんくタンヨ、王子様ガ空気嫁トカ言ッテルゾ。ッテ、遅カッタカ…ダガGJ!」

 王子の世界は揺れた。そして逆さにひっくり返り、真っ赤に濡れて終幕となった。歪な世界を夢見た、その一時が終わったのだ。口の中に鉄の味を感じて、王子は唇を拭いながら大の字で見上げる。そこには、ランプの逆光を浴びて拳骨を握り締める、大柄な女ハンターの姿。

「悪い奴には鉄拳制裁ッス!んじゃ、行くッスよ。ほい、いっちゃん」

 握った拳を解き、その手をイザヨイへ伸べるサンク。彼女が行くと言えば、目的地は一つしか無い…それは解りきって居るのに。大きなその掌へと、伸ばす手をイザヨイは躊躇する。王子から解放されて尚、その囁きが残した見えない血の鎖が、彼女の胸の内を幾重にも縛り上げていた。

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