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 喧騒は既に鎮まり、誰もが固唾を飲んで見守る…異国のアサシン達でさえ。満面の笑みで手を差し出す者と、その手を見詰めて動けぬ者とを。ソフィは筋骨隆々たる大男を捻り上げながら、口をついて出そうになる言葉を飲み込んだ。今、自らの存在自体に悩む少女には、気安い慰めなど無意味。

「いーから早く行くッスよぅ〜!これからココットにトンボ帰りッス」

 躊躇するイザヨイの手を取り、サンクは強引にズンズカ歩き出した。周囲の様子も全く気にしない様子で。呆気に取られるイザヨイはしかし、連れられながらもサンクの手を振り解いた。普段とまるで変らぬ態度が、余計に不安を募らせる。今や災厄の地と化したココット…我が身を流れる異能の血は、そこでも争いを生むのだろうか?知ってしまった今では、鼓動が送り出す温もりすら呪わしい。

「ん?どしたスか?ああ、荷物ならツゥさんが持ってくれるスよ」
「…やめて。もうやめてっ!私もう、どこにも行かない!」

 ハンターズという人の和の中では、ただ普通の女の子でいられると思った。華やかな社交界よりも、飾らない大自然で生きようと思ってきた。だが、真実は余りに残酷…人より少しだけ裕福な家と思ってはいたが、我が身の出生と一族の血脈に、恐るべき秘密が隠されていたとは。生き方は変えられても、その身に宿る力は変えられない。その秘密を知り、その力を欲する者が居る限り。

「私、普通じゃなかったの。もう普通で居られなく…なっちゃったの」
「…ほえ?何言ってるスか、いっちゃん。元からいっちゃん、普通じゃないスよ?」
「ンダナス。マァ、皆ガ皆ソレゾレニ普通ジャナイワナ…ソレガ普通ッテモンヨ」

 嘘だ。それが言葉のまやかしで、本質的に皆が同じである事を説こうとしている。普通じゃ無いのが普通なのは、同じ血が流れているから。だが、自分はその血が違うのだ。我が身を裂いて枯れるまで流しつくさねば、問題の本質は解決しない。嘘だ…そう呟く自分へ、それでも手は差し伸べられる。普段と変らぬ、緊張感を酷く欠いた声と共に。

「でも…でもっ!私の血の力で、古龍さえ…」
「んなアホな話ねぇーッスよ。だって自分、そんな超絶いっちゃん、見たことないスもん」
「マァアレヨ、いっちゃん。深ク考エルマデモナイゾ?…タダ一言ダケ」

 学は無いけど馬鹿では無い。が…小利口で小賢しいよりは馬鹿でいい。大馬鹿者で。そう思うからこそ、二人は来た。まさかこの国の第一王女に出くわすとは思わなかったが。幸運にも疾風の速さで、王都近くに立てられた砦へ。今、そこまでして来た目的を果たす時。ココット防衛に無くてはならぬ、この世で一番のチカラを取り戻す時。

「ジャアいっちゃんヨ…モウ駄目ポ、ナアノ村デ老山龍ヲ迎エ撃ツ。そんなあの娘は普通かね?」

 その場のハンターズ全ての脳裏に、一人の少女の姿が過ぎった。さらには、彼女同様にココットへ向かった者達の顔ぶれも。王国からの莫大な報酬と、砦での後世に名を残す一大決戦を蹴って。万に一つも勝機の無い闘いへ挑む者達。その高潔な魂は、常人には奇異とも思えるだろう。

「…普…だよ」
「いっちゃん!もっと大っきい声でッス!」
「そふぃサンモぶらんかモ皆、ミンナミーンナ!同ジ事思ッテルゾ」
「普通だよ…普通だよっ!当たり前だもん、だって…だって!」

 メル=フェインはモンスターハンターだから。彼女だけじゃない、あの村へ征った者全て。ひいては、この場に集まった者全て。そこには場所も身分も強さのランクも、背格好も男女も関係ない。無論、血筋など無意味…そんな事は正に、狩場のテントのシーツのシミよりも些細な事。誰もが普通じゃ無いハンターにとって、何よりも当たり前で当然な事。

「あ、姉上っ!大蛇丸の血が逃げ…ああ待て、待っ…」

 震える手を伸べ、王子は弱々しく呟く。その手の指をすり抜け、蒼髪の少女は行ってしまった。人として普通ならざる、超常の力を身に秘めて。ただ普通に、ハンターとして極平凡な結論へ達する為に。蒼火竜の幼子は、その小さなはばたきを誇らしげに追う。

「糞っ!だがココットであの力は…むっ、マーヤ君!いい所に!早くあの者達を捕らえ…」
「殿下…もうお気付きの筈です。血は所詮、人体を流れる血液に過ぎないという事を」

 立ち上がるのも忘れて、王子は側に立つマーヤにすがり付いた。目の前で起きた出来事に、この人は何も感じないのだろうか?どこかアウトロー然とした、王都では招かれざる客でしかないモンスターハンター…その誰もが皆、騎士や王侯貴族に勝るとも劣らぬ気高さを持っているというのに。

「私の手勢はあのザマ…くそっ、平民出の書士なんぞにっ!さぁマーヤ君…マーヤ君?」
「僕も宿屋の息子、平民です。殿下、どうかこれ以上あの方を…第三王女殿下を悲しませないで頂きたい」

 顔を伏し、王子は遂に沈黙。野望ばかりか、歪な人生の大半を貫いてきた価値観までも砕かれて。絶望に打ちひしがれながら、人目も憚らずさめざめと彼は泣き出した。失意と悔恨が入り混じる、女々しくも堂々とした男泣き。だが、それでも手は伸べられる。誰にでもと言うなら正しく、当然ながら王子にも。

「…姉上?」
「王族の血が尊いのではない、民の為に血を流したから王と称されるのだ…立て」
「あ、あっ、あ…姉上っ!私は、私はっ…取り返しの付かぬ事を」
「相変わらず諦めが早い!泣き癖も治らんか…先ずは立つのだ。今は老山龍退治が先」

 泣きすがる王子の髪を撫でながら、王女は振り返った。大暴れしたのに息一つ上がらぬ書士が、普段の温和な表情で微笑んでいる。ハンターズ達も皆、何も見なかったような顔で互いに頷き合った。

「私は血の力なぞ信じん。龍を統べる超常力なんぞ…クソッ喰らえだ。私が信じるのは…」

 我と人の力のみ…そう述べて王女は、深々とハンターズへ頭を下げる。マーヤもそれに倣い、スペイドも側へ立って続く。王子もモジモジと立ち上がると、感極まって号泣しながら頭を垂れた。その額が床に付きそうな勢いで。
 間違いなくあの少女達は、ココットへと旅立っただろう。そして今、この地に他のハンター達が留まる理由も無い。誰もが我先にと、勇んでかの地へ向かう筈。だが、ここは王国最後の砦。対老山龍の切り札として、ここでハンター達と備えねばならない。今更助力を請えた立場で無くとも。

「私は分の悪い賭けが嫌いよ。何て言うか…賭け事が嫌いなの。だから別に…」
「ブランカさん、照れないっ!一緒に護ろうって言えばいいんです!」
「ソ、ソフィさん!?私は別に…」
「ま、私もギルドナイトである前にハンターだから…兎に角!御姫様が頭下げないっ!」

 何時でも人の手は伸べられる。周囲のハンターズ達は何事も無かったかのように、砦の防備を固め始めた。ギルドナイトに肘で小突かれ、おずおずと差し出された白い手を…王女は固く握り締めた。

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