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「ねね、そいえばクリオさんは?サンクがお世話になってるから、挨拶しなきゃ」
「クリオさんはお家。もうすぐ子供が生まれるんよ。ありゃ?聞いてない?」
「そこ、うるさいぞ。村長の話は静かに聞けって」

 フリックに小突かれ、舌を出すメルとティアス。既に日は沈み、遠くの峰々は輪郭を紫に染めている。決戦を前に作業は全て終了し、今は一時だけ緊張感から開放されて。ココット村は今、前夜祭の如き賑わいを見せていた。それもその筈、僅かとは言えフリックを慕ってハンター達が訪れているのだ。今や村の人口は平時の倍近い。今宵は短い時間だけ、歌と酒と美味いメシと…村人達の笑顔が戻っていた。そうでもしなければ皆、とても平常心ではいられない。明日の今頃はもう、この村は地図から消えてる事だってありえるのだから。

「みんな、ギリギリだっが、迎撃準備完了だ!感謝する!さ、村長…」

 短い挨拶の後に、フリックが中央を譲って一歩引く。小柄な老人はおぼ付かぬ足取りで登場すると、ずらり居並ぶハンター達を見回した。嘗てココットの英雄と呼ばれた男。暗い森を切り開いて、荒れた野を耕して村を興し、ここに住む皆の礎となった人物。今は弱々しい好々爺だが、その眼光は常に鋭く深く、そして温かい。激励の言葉を待ちわびて、誰もが自然と身を正した。

「あれが伝説の、ココットの英雄の人ですかぁ…前も見たけど、可愛いお爺ちゃんですよねぇー」
「むい、でも凄いんだ…ほら、あそこに刺さってる剣。あれで巨大な一角竜モノブロスを…」

 ひそひそと頬を寄せ合いながら、トリムは大樹の根元を指差した。今まさに、村長が歩み寄ろうとするそこには、石の台座に突き立つ剣。皆を待たせたまま、老人は現役時代の愛刀をそっと引き抜いた。周囲で巻き起こるどよめきと歓声…その剣を台座から抜いた者は、まだ一人も居なかったから。年に数度は豪傑や勇者が訪れ、我こそはと手を掛けるが。今まで抜けた験しが無い。それが今、まるで落ち葉を拾うようにあっさりと。剣を手に振り向く老人は、精悍な眼差しを引き締まった表情に宿らせる。

「コイツを餞別にのぉ…くれてやろうと思うわい。どれ、何人かの」

 村長は再度、ハンター達をゆっくりと見渡す。一人一人の顔を覚え、その名を心に刻むかのように。そうして全員と視線を交わしながら、懐から何かを取り出した。周りの人数を数え始めて、徐々に混乱し始めたティアスを止めながら…メルはその、萎びた手に眼を奪われる。狩猟用の角笛より一回り小さい、それは闇夜でさえはっきり見て取れる赤い角。

「あれがモノブロスの…村長の宝物?あ、なる姉。あれがそうなん?何かちっさいなぁ」
「そうさね、ここら一帯を支配していたモノブロスの…最初の鋭龍の角。ココットの英雄である証」

 遅れて来たナル=フェインは、意味深な笑みを浮かべながらメルの横に立つ。工房に篭りっきりだった為、髪はボサボサで眼は充血して。それでもティアスを見るなり、その身を包む銀火竜の鎧に興味津々。村長の話も聞かず、甲殻と鱗の見事な調和に夢中。例え目の前に老山龍が居ようとも、職人である彼女は変らない。小さな子供を見る目で苦笑しながら、メルは改めて身を引き締める。当たり前である事、平凡である日常…自分が守りたいココットそのもの。

「ああっ!そ、そそ、村長っ!そんな、勿体無い…」
「見事に切れ…とゆーより砕けたでするね。錆び錆びの剣でこの威力…流石でする」
「でも何で?あんなに大事にし…え?オ、オレに?くれるの?…あ、ありが、とう」

 鈍い音と共にどよめきが走り、メルは視線を村長へと戻した。手にした真紅の角はばらばらに砕け、その欠片が一つ、トリムの手に。普段の温和な表情に戻った村長は、自らの偉業の断片を皆に配りだす。

「お守りじゃよ…でんこ、そして皆の衆…客人の方々も。死んではならんぞえ?」

 外から来たハンターにも、村のハンターにも。若い新米ハンターにも、熟練のベテランハンターにも。一人一人へ直に手渡し、その手を固く握る村長。その欠片を受け取る誰もが、胸中を過ぎる熱い想いに震えた。小指の先程度の大きさでも、握って目を瞑れば見える…砂の海を統べる、巨大な一角竜の勇姿が。そして、人智を超えたその巨躯へと、剣一振りで立ち向かうココットの英雄が。そんな気がする今、老山龍を恐れる気持ちも勇気へ変る。

「あわわ、めるもいいの?…めるはもう、この村のハンターじゃ…」
「強い子に育って…何より嬉しくてのぅ。さ、サンクにも…食べちゃいかんぞえ」
「ありがと!でもね村長、アタシはティアス。ボケちゃ駄目っ!」
「おうおう、そうじゃったかのぅ…はて、何番目じゃったか。さ、そっちの御嬢さんも」

 最後の一欠片を手に、村長はラベンダーに歩み寄る。誰にでも分け隔て無く…ミナガルデから来た、無名のうら若き少女ハンターへも。トリムやゼノビアに背を押され、ラベンダーも村長の前へ一歩踏み出した。僅かに、しかしはっきりと躊躇が見て取れて。遠慮と取った周囲は、彼女を後押しするように囃し立てる。だが…複雑に絡み合う村長と少女の視線は、周囲の御祭騒ぎとは別の雰囲気。

「そ、それは…ウニは受け取れないでする。ごめんなさいでする…」
「むふ、またブリッ子しちゃって。ラベ子、遠慮しなくてもいいんよ?一緒に戦うんだもの、ね」
「そうだよ、オレ等もう仲間だし!きっとこの欠片が、ウニさん守ってくれる…オレ、そう思う」
「…ふぉっふぉっふぉ、ではここは爺が預かるかのぅ」

 村長は欠片を懐へ仕舞うと、ポンとラベンダーの尻を叩いて。そのまま人の輪に加わり、ハンター達へ声を掛けて回り始めた。ココットの英雄の名は、ハンター達にとっては大きな存在…とりわけ、砦では無くこの村を選んだ者ならば尚更。挨拶を済ませた巨漢が去るや、直ぐに若い女性ハンターが声を掛ける。その次に熟練の老ハンターが少年のような笑みで頭を下げると…騒がしい男が村長を抱え上げた。

「おい、爺さんっ!こいつ等にもお守りくれよ…貰いそびれちまった」
「いや、俺はいいから。それよりキヨさん、アズさんに貰ってあげてよ」
「まぁまぁユキカゼ様…御老人、こちらの二人にだけでも頂けませんか?」

 しょぼくれた博士と、今や無用となった龍撃槍の片付けに追われて。遅れて来た三人は貰いそびれてしまった。騎士上がりの、まだハンターになって日も浅いキヨノブにとっては…ココットの英雄もただの萎びた老人。崇拝にも似た熱い眼差しの、周囲のハンター達も何処か奇異に映るが。

「こらーっ!馬鹿キヨ、村長おろせー!駄目っしょ、いじめちゃ」
「お、メルじゃねぇか…何オマエ、こっち来てたのかよ。へへ、解ってんねぇオマエサン」

 一見粗野に見えて、しかしゆっくり優しく老人を降ろして。キヨノブは金髪の少女と再会した。毎日ミナガルデの山猫亭、掲示板前やカウンターで顔を合わせているのに。酷く懐かしく、とても久々に感じる二人。わしゃわしゃと頭を撫でるキヨノブの手を払いながら、メルは文句を言いつつ…自分の欠片を二つに割った。

「ほい。馬鹿キヨは弱いから、おっきー方あげる。こゆ事だよね、村長?」
「ちょっ、弱いって…へへ、ありがとよ。んじゃ、これを二つに割って…」

 連れの二人に振り向いて、キヨノブは角の欠片を割ろうとしたが。その必要は既に無かった。トリムがアズラエルに、ゼノビアがユキカゼに。どんどん欠片が小さくなる一方で、その絆はより強くなる。英雄の証を皆で分け合い、最後は一つまみの粉と成り果てても…それを分け合った狩人達は間違いなく、ココットの英雄だけが持つ至宝。村長は満足気に顔を綻ばせ、大きく頷き笑った。

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