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 闇を見据えてメル=フェイン。微動だにせず腕を組み、ただじっと待つ…老山龍との決戦を。既に第二区では鉄火の猛攻が古龍を出迎え、瞬くマズルフラッシュはここからでも見える程。炸裂する拡散弾の爆炎は、闇夜の谷を僅かに照らした。が、老山龍の進む勢い、未だ全く衰えず。地を踏み鳴らす巨大な足音と、絶え間なく身を揺さぶる振動は、先程から一定のリズムで近付いていた。否、近付いているのかいないのか…距離感すら感じられぬ程の激震と轟音。

「メルさん、第二区のみんなは引き上げたみたいだ」

 火薬が詰まった大きなタルを、綺麗に並べて敷き詰めながら。最後の一個を肩から下ろして、ユキカゼは少女に声を掛ける。先程から彼女は、吹き抜ける谷の烈風に身を晒していた。瞬きすら忘れているのではと思う程に、身動き一つせず闇を睨む。その全身からは、張り詰めた殺気が滲んでいた。

「…メルでいいから」
「え?ゴメン、良く聞こえな…」

 再び咆哮が轟き、二人の会話を遮る。距離的にはもう、目と鼻の先…その巨躯がいつ、闇夜のベールを脱いでもおかしくない。人の手で積み上げたバリケードを易々と乗り越え、谷の奥へと進む老山龍。

「っしゃ、発破でツラァ吹っ飛ばしてやんぜ。そこの二人、早くこっちこいや」

 大勢の剣士達が、各々の武器を担いで谷の奥側へ下がる。第三区の入り口に、大タル爆弾を山と積み上げて。手を振るキヨノブに呼ばれて、ユキカゼも小走りに駆けた。これ程の量の爆薬ならば、古龍といえどひとたまりも無いだろう…そう思い込みたくて。安全距離を長く取って、その威力にほのかな期待を寄せる。

「呼び捨てでいいんよ?そんかわり、今日からゆっきー呼ばわりだかんね」
「お、おうっ…気のせいかな?何時ものメルさんみたいだけど」

 金髪を靡かせ、メルがユキカゼを追い越してゆく。相変わらず響く足音は、常に一定の音量と振動だが…確実に今、この第三区へと足を踏み入れようとしていた。蒼一色に染められ、長い長い太刀を背負った少女。その後姿を追いかけながら、先程の違和感を反芻するユキカゼ。その時、突如彼の行く手を襲う、巨大な岩石の落下。

「ご、ごめんなさーい!下の人、大丈夫でしたかぁー」
「あっぶねぇな!まだ速ぇ、気をつけろ!ゆっきー、平気か?」

 崖の上にもハンター達の姿。例え武具に乏しくとも、誰にでも出来る何かがある。そう、為すべき事が…老山龍へ刃の通る武器が無い者達は、主に大砲の弾の運搬や、崖の上からの援護に回っている。

「あー、その声はぁー、キヨさんですねー!やっほぉぉぉー!こーこでーすよー」
「…ゼノちゃんか。頼むぜホント。うちのエースがペチャンコんなるとこだった」
「だいじょぶ?ゆっきー」
「あ、ああ…ビックリした。ありがと、メルさ…痛っ」

 メルが軽く小突くと、ゴワンとレウスヘルムが鳴った。握られた小さな拳はしかし、直ぐに開かれ差し伸べられて。ユキカゼはその手を借りて立ち上がると、すぐさま再び駆け出した。再び老山龍の怒声が空気を震わし、遂にその巨躯が第三区へと到達する。

「みなさぁ…を付け…を付けてくださいー!」
「あ?気を付けろ?任しとけってーの。ゼノちゃんもしっかりやんなっ!」
「違いますぅ…を…付け、あぁん、聞こえてないですかぁー!?」
「キヨさん、違う!ゼノビアさんが言ってるのは多分…」

 漆黒に塗り固められた谷の奥から、巨大な質量が迫っていた。僅かに薄っすらと、そのシルエットが闇夜に浮かぶ。先日メルが築いた堰が、老山龍の接近だけで容易く崩れてゆく。一歩を踏みしめるたびに発する振動は、この谷底すら踏み抜かんばかりの激震。

「ねね、ゆっきー…火、付けた?着火用の小タル」

 メルの一言に思わず、ユキカゼはキヨノブを見る。彼は返事をする代わりに、メルへと問い掛けの眼差しを注いだ。もしや…まさか…でも…互いが互いを見やりながら、大勢の仲間達が待つ岩陰へ。その時、頭上のゼノビアが決定的な一言を叫んだ。その声は辛うじて、谷底のハンター達へ微細く届く。

「メルさーん、ユキカゼさーん、火!火ぃ付けましたかー!導火線の火花、見えてませーん!」

 咄嗟に阿吽の呼吸で、キヨノブが手近な荷物から小タル爆弾を引っ張り出す。目線を交わさず放られたそれを、ユキカゼは小脇に抱えて走り出した。その先にはもう、目視で確認できる距離に老山龍。頭部の巨大さは、すぐ鼻先の大タルと比較すれば一目瞭然。

「ゆっきー、貸して!めるのが速い…ピン抜いて!」
「間に合うか!?クソッ、迂闊だっ…!?誰だっ!」

 横に並んだメルの、その脇をすり抜けて。闇夜に映える純白の影が、大タルの群へと吸い込まれてゆく。この第三区へ集ったハンター達の誰よりも…メルやユキカゼよりも速く。疾風すら置き去りにして。誰かは判別出来ないが、白いマントをはためかせた人物が、一際巨大な大タルを背負って馳せる。真っ直ぐ全速力で。一抹の迷いすら見せずに、その人物は老山龍の鼻先に躍り出た。

「あのマントッ、まさか女将さ…違うっ、あれは!」
「ゆっきー伏せてっ!あれは普通のタル爆じゃ…」

 ドンッ!居並ぶ大タルの上へ、さらに巨大なタルが乱暴に積まれて。白マントの人影は間髪居れず、異形の戦槌を振りかぶり…迷わず振り下ろす。その瞬間、老山龍の鼻先で夜明けかと見紛う閃光が迸った。咄嗟にユキカゼを押し倒して、地面に突っ伏すメル。爆風が二人を大地から引き剥がそうと、熱風と共に吹き荒ぶ。入り混じる怒号は、老山龍の悲鳴にも似て。

「メル、立てる?耳は…大丈夫だね。そっちは平気ー?ウニさーん!」
「あたた…んもー、強引だなぁ。遅いぞ、ラベっ子ー!」

 揺らめく炎を纏って、しかし歩みを止めぬ老山龍。その威容を背に、一人の少女が立ち尽くしていた。手にするハンマーは命ある生き物のように、低く唸り震えている。嘗て自身を、我が身の一部としていた古龍を前に。

「お待たせでするっ!ウニはハンターとして…」

 至近で大タルGを中心に、無数の爆薬が炸裂したにも関わらず。純白のマントに身を包むラベンダーは、火傷一つ負わず叫んだ。無論、あらゆる耐性に優れるギルドナイトの証は、焦げ目一つ無い。が、彼女は我が身からもどかしげにそれを引っぺがすと、天高く放り投げた。

「ハンターとしてっ!為すべきを為すでする!みんなも!」

 爆発の余波と上昇気流に呷られ、たちまち夜空は純白を吸い込み運ぶ。ギルドナイトの証を脱ぎ捨て、しかし毅然とハンマーを構えて。今やただのハンターとなったラベンダーは、老山龍へと鉄槌を振りかざす。立ち上がったメルやユキカゼが続き、キヨノブを始めとするハンター全員がその背に続いて。人間達は今、有らん限りの気勢をあげて…最古にして最強、万物の頂点に君臨する古龍へ立ち向かっていった。

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