《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

 有らん限りの声を張り上げて。狩人達は皆、闇夜に刃の煌きを掲げて走る。爆炎の残滓が燻る、老山龍へと向かって。さながらその姿は、巨象へ群がる蟻の如く。ギルドナイトの声に士気も高く、誰もが全速力で古龍の懐へ飛び込んでいった。
 だが、距離が近付くにしたがい、その巨躯はますます大きく圧し掛かって。ただ歩く、それだけで災害となって人間を襲った。首を反らし見上げても、闇夜にその全容は把握できず。まるで足元の虫ケラなど気にも留めぬ様子で、我が物顔に谷間を進む。踏みしめる大地は軋んで激震に揺れ、舞い上がる風圧は容易くハンター達を吹き飛ばした。それでも果敢に挑む者も居れば…やはり足の竦む者も。徐々に駆ける速力を弱めながら、一人の少年が立ち止まった。

「ランドール殿、そんな槍で古龍が突けますかな?さっさと買い換えればよいものを…」
「言ってろっ!コイツはそんなにヤワじゃねぇ…デフこそ火竜以外を狩れるとは驚いたぜ?」
「失礼な。私はアレコレ一通り狩った後、故あって火竜種の専門となったのですよ」
「はいはい、解った解った。こいつが終わったら、一杯飲みながら聞いてやるっ!行くぜ!」

 名うての猛者達が、まるでランポスでも狩るかのような勢いで走り去る。だが、一度立ち止まるともう、振るえる足は一歩も前に踏み出せない。身体を伝う汗は体温を無情にも奪い、狩りの熱気が夜の寒さに取って代わる。少年は今、はっきりと自覚した…恐怖を。自らの実力に照らし合わせての、冷静で合理的な恐れではない。まるで遺伝子に太古の昔より刻まれているかのような、原初の恐怖。膝に手を付き呼吸を整えれば、砂岩質の大地へ汗が滴った。

「っしゃぁ!ゆっきー、俺ぁ腹ん下に潜ってみるぜ!」
「俺は足を!あの巨体を支える足だ…きっとそれなりの負荷が掛かってる筈!」

 また一組のハンター達が、少年を追い越してゆく…その片方は、自分と同じ雄火竜の防具を着込んでいた。雌火竜素材の甲冑を着たランサーと、我先にと老山龍へ馳せる。背負う蛇剣に輝く水晶の瞳が、僅かな光を反射して輝いていた。同じ防具を着込んでいるのに、同じようには走れない…この場で退く理由を探しながら、少年は俯き唇を噛み締める。
 今になって思い起こせば、何故…どうして参加してしまったのだろう?無茶で無謀なココット防衛に。確かにこの村は自分の故郷だし、村長には大きな大きな恩がある。だが、ミナガルデで多少とはいえ名が売れ始めたというのに…ここではまるで、ナイフ一本しか持たぬルーキーにも満たない。

「第一区の汚名挽回だっ!行くぞ野郎共っ!」
「どうぞ挽回なさってください…私は名誉を選びますが」
「そそ、挽回するのは名誉、汚名は返上しなきゃな!」

 包帯の白さも痛々しい、恐らく第一区から来たであろうハンター達。だが、彼等彼女等もまた、迷わず老山龍へと挑んでゆく。そんな者達が追い抜きざまに投げかける視線は…ことのほか優しい。いたたまれなくなる程に。共に闘う者に厳しい反面、闘えぬ者を蔑む狩人は少ない。誰でも恐ろしいのだ。飛竜ならまだしも、未知の生物であり、生物であるかどうかも疑わしい…大自然の驚異に一番近い存在、古龍が相手であれば尚更。

「むむ、出遅れた…ゆっきーめ、起き上がる女の子に手も貸さぬとは。勉強不足だねぃ」

 直ぐ目の前で声がして。小柄な影が屈みこむ。同じ脱落者の存在に、内心ほっとする少年。だが違う…金髪の少女はもどかしげに革の靴紐を結び直す。その澄んだ瞳は、眼前に迫りつつある老山龍を睨んで。直ぐに立ち上がるなり、彼女は地を踏み鳴らして足を確かめる。見ればその背に黒い太刀…自分と同じ大剣使い。

「よし、行こかな?あの角、無くなっちゃったモノブロ角の代わりに村長にあげよっと」

 張り出す岩盤の如き頭部の頂に、天を衝いて聳える立派な角。視線の先にそれを捉えて、少女はニヤリと不敵に笑う。さながら正気の沙汰とは思えぬが、その人物の名を思い出して少年は納得した。村中のハンターから恐れられた存在…忌むべきその名は皆殺しのメル。
 だが、噂に聞いた狂気は、少女のどこにも潜んでは居なかった。僅かに憂いを帯びた横顔は今、無邪気な高揚感に火照って。ただ素材目当てで無作為に狩る、そんな種類の人間にはまったく見えない。幼さが残る顔立ち以上に、少女はとても幼く見えた。それが狩りへ出るハンターの顔だと気付いた時、不意にメル=フェインは振り返る。

「アンタは行かんの?めるね、今日は張り切ってんだ。ふるさとに初めての恩返し。あとねぇ…」

 老山龍を狩るなんて、そんな機会は滅多に無いから、と。信じられない一言を残して、少女は弾かれたように飛び出して征く。まるでボウガンのバレルを飛び出す弾丸のように。気付けばその姿を追う視線は、自然と少年の背を伸ばす。
 改めて身を正し、再び老山龍と対峙する少年。真正面から見据えれば、やはりその威容に圧倒されるばかり。その足元や鼻先で剣を振る、仲間達の姿は余りに小さい。小さいが、しかし確かに。確かに巨大な古龍へと立ち向かう者達がいる。そして今、自分もその一人になろうとしている。

「これじゃ、ミナガルデのみんなに笑われちまうっ!」

 背の大剣はアッパーブレイズ。構えれば無数の刃が牙を剥く。少年は苦労の染みこんだ愛刀を手に、再び走り出す。恐れる心を踏みしめるように、その脚に力を込めて。迫るは、我が身を覆い尽くすかの如く聳える老山龍。少年は身を震わせながら雄叫びをあげ、自らの恐怖へ猛然と吼えた。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》