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「くそっ、駄目だ!この風圧と振動…全然近づけないじゃないか」
「腹に行った連中を見ろ、戻ってくる…まるで槍が届きゃしねぇ」
「こっちを見もしない…こいつはただ、ここを通り過ぎるだけなんだ」
「俺等なんて居ないも同じ、か…」

 狩人達は皆、士気も高く老山龍へと挑んだ。が、挑んだものの…その巨体を前に、為す術無く絶望する。自慢の槍を携えたランサー達は、ただ通り過ぎる堅皮を見上げるのみ。誰の槍もそこには届かない。どんなに巨大な飛竜とて、ここまで圧倒的なスケールのものは存在しなかったが。
 脚へと向かった者達はさらに悲惨を極めた。老山龍の大質量は、それだけで歩く凶器。土砂を舞い上げ大地を踏み鳴らす、その四肢に近付ける者など居なかった。舞い上がる風圧は狩人達を引き剥がし、激震に揺れる地面は狩人達を怯ませる。

「兎に角、何とかして足に攻撃を集中するでするよっ!」

 ラベンダーは周囲のハンター達を励ましながら、眼を細めて老山龍を睨む。今、眼前を悠々と通り過ぎる姿は、まさに歩く山脈と呼ぶに相応しい。視界を覆うその巨躯は、あらゆる言葉を無効化する。ギルドナイトとして数々の危険な任務をこなしてきた彼女でも、気を抜けば瞬く間に、恐怖に飲み込まれてへたり込んでしまいそう。何匹もの銘入を狩り、何人もの非合法ハンター達をこらしめてきたラベンダーでも。

『…をお願いね、ウニちゃん。貴女なら年も近いし…』

 不意に脳裏を過ぎる記憶。はたと我に返って、ラベンダーは視線を左右へと走らせた。目立つ蒼色に包まれた少女は、岩陰から老山龍を睨んでいる。吹き荒ぶ砂塵の嵐が、眩い金髪をはためかせていた。

『メルをお願いね、ウニちゃん。貴女なら年も近いし、腕も立つから安心でしてよ」

 人も疎らな山猫亭で。大先輩の一言は、ラベンダーに始めて興味を抱かせた。名は聞き及んでいる…悪名も含めて。一般のハンター達が、銘入の焔龍と后龍を討伐。これは古今例を見ない快挙だったから。そのチームの一人、メル=フェインはしかし…ギルドではブラックリストに乗った事もある問題の人物。

「村長の救出と、メル=フェインの監視でするね?了解でする!」
「違いましてよ…メルを助けてあげて。あのコは今から、最大の試練に立ち向かうんだから」

 確かに、老山龍と戦うなら砦を選ぶのが普通だろう。それでも故郷を想う気持ちはラベンダーにも理解出来た。メル=フェインが普通のココット出のハンターなら。だが恐らく、いや絶対に。ココット村は彼女を歓迎しないだろう。過去の資料を熟知してるからこそ、ラベンダーはそう確信していた。

「ほむ、難しい任務でするね…」
「あら、簡単ですわん?だって貴女もハンターですもの。ね?」

 彼女の仲間に、友達になってあげてね…そう言ってクエスラは、優しげな視線を降りてきた人物へ投げかける。階段の手摺を滑り降りる少女は、着地と同時にピンと両手を左右に伸ばして。これから死地へ赴くとは、微塵も感じさせぬ快活さのメル=フェイン。彼女はクエスラの視線に気付くと、少ない荷物を担いで駆けて来た。

「紹介するわね、ウニちゃん。彼女が…』
「メル=フェイン…」
「ん?何?…メルでいいって言うてるのに」

 気付けば隣に、メル=フェインその人が立っていた。悔しそうに老山龍を見上げ、爪を噛む。ここ、第三区はまだ、最初のタル爆弾以降、何一つ老山龍に対して打撃を与えていない。苛立つハンター達はしかし、黙って通過する老山龍を見守る他無かった。

「こんな時ツゥさんが居たら…あの人くらいだよ、この風圧を突破できるハンマー使いは」
「ああ、あの尻のでっけぇネーチャンか。あのネーチャンに比べりゃ、誰だってなぁ…」

 闇夜に目をこらして、ユキカゼがぼそりと零す。隣のキヨノブは老山龍から目をそらさず、件の人物を一部だけ鮮明に思い出していた。二人は何度も見た事がある…火竜や怪鳥の羽ばたきにも屈せず、まるで地を這う影のように飛び出して往くハンマー使いを。無論、今のココットに集まったハンターの中には、自慢のハンマーを担いだ手練者も多いが。この惨状では責められはしない。だれもが皆、斬り突き叩く、その対象へ近付けないのだから。

「…ここに居るでするよ?ウニが老山龍の足を止めるでする」

 お尻はちっちゃいけど…はにかみながら、ラベンダーは一歩前へ出た。その手で唸るドラゴンブレイカー。今、ギルドナイトとして鍛えられた自分の、その真価が問われる時。波打つように揺れる谷底を駆け、舞い上がる風圧を突き破り…ギルド秘蔵の対古龍用武器でもって、その脚を完全に止める。自分だけが出来るとは想わないが、ラベンダーは自分がやるべきだと確信した。

「ちょと、そこの人…耳を貸すでする。そっちのオジサンも」
「誰がオジサンだっ!ったくよぉ」
「まぁまぁ、キヨさん…非常時だから。手が有る?脚さえ止まればって思うんだけど」

 小さく僅かに、だがしっかりと頷いて。ラベンダーはユキカゼの耳元に囁き、同じ言葉をキヨノブに繰り返した。誰もが絶望に支配され、力なく見上げるその峰を…僅かな者達が崩そうと挑む。彼等と彼女の切り札は一つ。

「メルちょ!あの角をお願いでする…へし折ってやるでするよっ!」
「んー、剣が届けばねぇ。メルもカー助みたいに飛べたらなぁ」

 メルちょは翔べるでするよ?と…そう言い残して、ラベンダーはハンマーを構えた。華奢な身に張り巡らされた神経が緊張し、無駄なく鍛え上げられた筋肉が躍動する。熱い血液を体中へと送り出す心臓が、今にも口から飛び出しそうな程に高鳴る。だが、思考は鮮明に澄み切って。冷静に見据える目標は、聳え立つ老山龍の後足。

「じゃ、お二人さんに後はオマカセでする…いいでするか?」
「おう!任しとけっつーの…おい皆ぁ!立てよ、ハンターだろ?」
「まだ俺等は何もしてないから…こんな事で終われない筈だっ!」

 何かが起こる…それが奇跡なら、願わずにはいられない。それが救いなら、祈らずにいられようか。キヨノブとユキカゼの言葉に、誰もが再度奮い立つ。砂に塗れ汚れた顔には、まだ闘志を燃やす双眸が輝く。誰の顔にも等しく。
 周囲を満足気に見渡し、ラベンダーは最後にメル=フェインを見詰めた。言われなくてもわかってらー!と強がる少女は、まだしっかりと前を見詰めている。勝負はまだまだこれから…今はまだ、狩りで言えばペイントボールすら投げてはいない。

「んじゃ、後はよろしくでする…いいでするか?山が崩れたら…」
「うん、山が崩れたら。俺等でメルを送り出す」
「まぁ、今まで抱いた中じゃ軽いほうだべよ…まだガキだしイテッ!」
「誰がガキかー!…なんか知らんけどよろしく。ラベっ子もっ!」

 あい、と大きく頷いて。全身のバネを躍動させ、ラベンダーは身を低くして飛び出した。襲い来る暴風と激震に抗いながら、放たれた矢のように真っ直ぐ…瞬く間に、その小さな背中は闇に紛れ、舞い上がる砂と土埃へと消えてゆく。派手に舞い上がるそれが、ハンター達の反撃の狼煙となった。

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