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 橋を落とす。中央から真っ二つに。そうすれば両岸に、谷底へ下りる急造縄梯子の完成だ。最も、長さが足りれば、だが。細かい事は全く考えてなかったが、ユキカゼは別に構わないと思っていた。よしんば谷底まで僅かに届かずとも、皆そこから飛び降りる。飛び降りれる高さ位までは充分届く。

「ボウズはそっちを!俺ぁこっちのロープを切るっ!…名前はっ」
「ユキカゼです。わかりました、こっちは俺が!」

 直ぐ頭上に老山龍を見上げて。男達は決死の作業に着手する。古い吊橋だが、その橋げたを支えるロープは強固で堅牢。長らく村人の交通を支えて来た要所なれば、そう簡単には落ちそうも無い。だが、男達の手にあるのは、飛竜をも屠る狩人の武器…その威力と振るい手の技量をもってすれば、難しい話ではない筈。

「おっさん、俺も行くっ!ミナガルデの連中にゃぁ負けてらんねぇ!」
「馬鹿野郎っ、来るんじゃねぇ!手前ぇは下に降りて、コイツと戦ってもらうからな」

 一斉に走り出した剣士達はしかし、直ぐに一握りの人間へと選りすぐられて。誰もが危険な仕事と知れば、自ずと年長者が若手を追い越した。老山龍の眼前へノコノコと出向いて、自分が立ってる橋を落とす…その後への戦術的波及は兎も角、正気の沙汰とは思えぬ行動。橋が落ちて、上の人間が助かる道理は無い。何処にも。今も若い少年ハンターが、直ぐにもこっちに来そうな形相で二人を睨んでいた。特に同年代の、仲間に危険を強いているユキカゼを。

「何でだよ、おっさん!言いだしっぺは良くて俺は駄目かよ!」
「ああ駄目だ!話になんねぇ!…へへ、ボウズも大変な事言い出してくれたぜ、ったくよ」

 その男とは恐らく、父子程に歳が離れているだろうか?ユキカゼの背後で、もう一方のロープへ刃を立てるハンター。その口は憎まれ事を呟きつつも、どこか提案者への敬意と同情を滲ませて。言葉とは裏腹に、肝の据わった手付きで剣を振るう。僅かに橋は揺れて、何本かのロープが闇夜に弾けて消えた。

「大丈夫、最後の一本が切れたらしっかり掴まれば…」
「谷の岩盤とディープキスだな。ま、気にすんなボウズ!俺もいいアイディアだと思…」

 突風が突如吹き荒れ、ユキカゼは吹き飛ばされた。咄嗟に掴まったロープが、手甲を履いた手に食い込む。何本かの支えを失い不安定な吊橋は、嵐の海を舞う木の葉の如く上下に撓る。何とか立ち上がろうともがくユキカゼの視界から…一緒にロープを切断していた男が消えた。
 死は直ぐそこ、ユキカゼの僅か半メートル背後を横切った。長い首を巡らし、その巨大な頭部を真横に薙ぐだけで…風圧は橋を千切れんばかりに揺らし、その質量に吹き飛ばされれば跡形も無く。一瞬何が起こったか理解できず、ユキカゼは振り子のように引き返してくる老山龍の顎を、ただ呆然と見上げていた。

「だれか剣を!ウニのハンマーじゃ切れないでするムガ、ムガガ」
「ユキカゼ様っ!戻って下さい!」

 後に続く絶叫は、ユキカゼには判読不能だった。故郷の言葉で叫ぶアズラエルは、先程の少年ハンターとラベンダーを両脇に引き止めて。しかし真っ先に飛び出しそうな形相でユキカゼを呼ぶ。他のガンナー達は懸命に引き金を絞り続けているが…白み始めた夜空に、虚しく砲火の花が咲くのみ。
 それは極めて単純な、そして途方も無く恐ろしい。火竜のように灼熱のブレスを吐くでも無く、角竜のような突進力も無く。ただ巨大であるだけで、どうにもならない程に脅威。老山龍の巨躯をもってすれば、単純な攻撃の一つ一つが、人間にとって恐るべき一撃となる。

「大丈夫…俺は死なない!死にたくなんてない…死ねるかぁー!」

 暴れる橋の上で、数十トンもの質量が頭上を掠めた。咄嗟に伏せて避けたユキカゼは、すぐさま立ち上がると蛇剣を振り上げる。その姿は、風圧の余波に眼を覆うハンター達からもハッキリと見て取れた。老山龍の咆哮を背に聴きながら、しかし身を強張らせる事無く。気勢を叫んで少年は、愛用の大剣を振り下ろした。最後の張り詰めたロープが弾け飛ぶ。

「良しっ!やったよ、おじさん…見てる?後は俺が…」

 古い木の板が無数に宙を舞う。それは全てスローモーションで。重力に身を預け、自由落下に入り始めたユキカゼ。彼は懸命に手を伸べ、寸断された吊橋の片方を手繰った。何でもいい…ロープの切れ端でも、橋桁の板切れでも。橋は落ちて仲間達の橋頭堡となるが、自分の命は落とす訳にはいかない。限界まで延ばした手の先で、振るえる指が何かに触れる。死に直面した今、僅かに覗く生への隙間…息を止めて最後の力を振り絞り、ユキカゼは全身で伸びてそれを掴んだ。嘗て吊橋だった何かを確かに。

「ユキカゼ様っ!今引き上げます、今直ぐっ!」
「あ、危ないでするっ!だ、だれか手伝ってー!アズさんを止めてー」

 今度はラベンダーがアズラエルを止める番だった。周囲のハンターを総動員して。薄暗い空に蛇剣の一閃を輝かせて…彼等の視界からユキカゼは消えた。同時に、老山龍は再びその四肢を大地へと付けようと覆い被さる。気流は暴れ狂い、砂埃が分厚いカーテンとなって周囲を覆った。

「怯むな!先ずは下に降りるんだっ!」
「おう、でっけーニーチャンよぉ…喚くだけならそこをどけや。下に降りっぞ!」
「おっさんもやられたし、あいつだって…でも、今なら老山龍と戦いに下りれるっ!」

 ユキカゼの安否は舞い上がる砂塵の中へと。残されたのは、両岸へとぶら下がる吊橋の残骸。老山龍はゆっくりと元の体勢へ戻り、再び地鳴りを引きつれ歩き出す。ベテランハンター達はすぐさまに行動を開始した。もはや誰もアズラエルを押さえつけず、押さえつける理由もまた喪失していた。

「…とりあえず下に降りるでする。こっちかあっちか…ゆっきーさんがぶら下がってるかも」

 ラベンダーの一言に、小さく力なく頷いて。周囲のハンター達へ混じって谷底へと降下する。もしこのまま、途中でユキカゼに逢えなかったら…そのまま谷底へ足がついてしまえば。そう思うと身が縮こまる。
 だが、そんな少年の背をバシバシ叩きながら。無言の励ましを残して、ハンター達は次々と降りてゆく。その巨大な尾を振りながら、悠々と通り過ぎてゆく老山龍を追って。アズラエルもまた、自分を落ち着かせるようにポーチの弾薬を確認して。飛び降りるような勢いで、ぶら下がるロープを滑る様に谷底へ降りていった。

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