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 飛ぶように馳せる。その脚は一歩が一里に感じる程。イザヨイは今、身も軽やかに階段を駆け上がっていた。あらゆる景色が後方へと、目まぐるしくすっ飛んでゆく…その中に見知った顔を認めて、驚きと歓声で迎えられても。その脚が止まることは無い。

「腹ぁ減っとんのぉ…失われし血筋の御子よ。龍馬の如く急いて駆けるか」

 巨大な剣を軽々と担ぐ、小さな老人を追い越した。この村の長は擦れ違い様、意味深な言の葉をイザヨイの耳に吹き込む。失われし血筋…それは我が身に宿る異能の力か。止まらず振り返らず、風を切ってイザヨイは走る。息は決して切れず、心の臓も静かに鼓動を刻む。

「言わんこっちゃ無いさね!素人が図面だけで作るから…!?」

 バンダナから零れる三つ編みを揺らして、眼前を走る女性の背中。背後に気付いて振り返る彼女の、その豪奢な金髪が舞い上がる。僅かに交錯する視線は、驚きの表情に彩られて。肩越しに僅かに振り返るイザヨイは、視界の片隅に手を振るナル=フェインを捉えた。それはすぐさま小さくなって、瞬く間に見えなくなったが。搾り出すような叫び声が鼓膜を打つ。

「あの子がまた無茶を…頼んだよ、イザヨイッ!」
「これぞ正に破山招来。山の如き龍をも打ち破る、幼き絶血の末裔よ…」
「村長?あれは何時ものイザヨイさね…私には解る、何も変っちゃいないよ」
「ふぉっふぉっふぉ…龍の子か人の子か。今に解る…この村の命運と共にのぉ」

 疾く疾く、疾風の如く。不規則な段差を一足飛びに、イザヨイは一息で谷へと辿り着いた。不意に視界は開け、爆音と咆哮が彼女を出迎える。右手に青々と満ちる水面を、左手に迫る老山龍を望んで。瞬時にイザヨイの認識は理解した。研ぎ澄まされた感覚は少ない情報から、何が為されようとしてるかを汲み取った。同時に、己が何を為すべきかも。

「…弾ぁ持ってこいっ!」
「あーもぉ、話と違うぜフリックさんっ!」
「水の撃龍槍、のぉ…アイディアはいいんじゃが」

 きっとそれは、太古の旧世界においても試されたであろう。加圧した水は時として、硬い鉱石をも容易に切断する。水は人間にとって、命の源であると同時に、最も身近で強力な武器。周辺の水源を全て使い、一点へと人工的に集中させた水圧は…恐らくは老山龍をも貫くだろう。遥か昔に試みられたように、発射する事が出来れば、だが。

「まだだよ、フリック。何分欲しいん?時間、稼ぐよ」

 懐かしい声を耳にして、イザヨイは弾かれたように身を躍らせた。微塵も躊躇する事無く、谷底へと飛び降りる。高低差を意に介さず、急斜面に等しいダムの壁面を、靴底に火花を走らせ滑り降り…彼女は蒼髪を翻して駆け寄った。愛しい比翼の、その片割れへ。

「メルッ!メル=フェインッ!」
「いっちゃ…いっちゃんっ!」

 少女は再会した。今正に全てを踏み砕かんとする、怒れる老山龍の面前で。呆気に取られる周囲を他所に、熱い抱擁を交わして抱き合うイザヨイとメル。あたかもそれは、元より二人で一つであるかのように。

「メルちょ、良かったでする…こんな時でも。ううん、こんな時だからこそ」
「あれは…大蛇丸家の御令嬢ですね。てっきり砦へおいでかと」

 飛び降りようと身を乗り出し、いざ!…と思ったその瞬間。ユキカゼ達は完全に飛び降りるタイミングを逸した。アズラエルもラベンダーも、固唾を飲んで二人を見守る。感動の再会はしかし、迫る脅威を前にして。身を離して頷き合うと、イザヨイとメルは老山龍へと向き直った。堅く手を握ったまま。共に互いを携え、決して退かぬ不退転の決意を胸に。

「…行こう。俺はフリックさんを信じるけど…決着は人の手で導きたいっ!」
「ウホッ!イイ男…降リナイカ?ツーカ、行ッタレ少年ッ!」
「うんうん、男の子ッスねぇ。ニーチャンもネーチャンも、いっちょ派手にいってみよーッス!」

 不意に背を押されて、慌てて体勢を整えるユキカゼ。じたばたと宙を泳ぎながらも、彼は身をバネにして地に降り立った。着地の衝撃に脚は振るえるが、武者震いがそれを上回る。もはや退く余地も無く、退くべき理由も微塵も無い。決意を胸に立ち上がる少年の、頭上に仲間達が降り注いだ。

「あわわ、大丈夫でするか?ウニは少ーし重いかもでする」
「ユキカゼ様っ!しっかりして下さい…ああ、ラベンダー様!早くどいてあげてくださ…」
「ア、アズさんも降りてくれると嬉しいかな?いちち、相変わらず手荒だなぁ…おかえり」

 その光景には見覚えがある。並ぶ四つの背中を、知らぬハンターはこの地に居ない。まるで切り裂かれた風景が、再び集い合わさったかのように。ミナガルデの英雄達は、未曾有の危機を前に再び巡り会った。普段の狩場にいるような、心地よい緊張感と高揚感。何時もの四人に今、ユキカゼは一歩踏み出して…肩を並べて龍の前に立つ。

「これがラオラオ…でっかいスねぇ。めるめる、頑張ってるスか?」
「…遅いよ、バカサンク。ツゥさんもいっちゃんも…」
「スマソ、デモ間ニ合ッタ…まだ遅過ぎはしねぇっ!」

 ラベンダーが、アズラエルが…続く多くのハンターが、ずらり居並び老山龍を見上げる。最後の防衛戦を前に、悲壮感の一片も無く。たった三人のハンターが加わるだけで…一人ぼっちのメルに並ぶだけで。狩場の空気は一変した。老いも若くも男も女も…狩人を自称する誰もが、我が身を省みず少年少女に並び立つ。

「んじゃ、ま…やっちゃうスか?やっちゃうんスか?」
「ッタリメーポ。らんぽすノ背中ニ比ベリャ、老山龍ナンテ屁デモネェ」
「あ、あのー…俺等満身創痍なんですけど。はは、そうなんだけど、なぁ」
「うにっ、ここが正念場でする!めるちょだけにいい格好はさせないでするよっ」
「「「応っ!!!」」」

 数多の剣が、槍が、槌が朝日に閃く。残り少ない弾薬を飲み込み、あちこちでボウガンが撃鉄を唸らせた。待ちわびたように一声吼えると、老山龍はますます速度を上げ、身体ごとダムへと突進を始める。無論、臆する者など居はしない。空気を震わす龍声に、負けじと気勢を張り上げて。我先にと老山龍へ踊りかかる。

「フリック!早く図面をお見せっ!私の流儀でやらせてもらうよっ」
「坊や、餅は餅屋じゃて…ここはワシ等に任せるんじゃ」
「頼みます。みんな、五分…いや、三分!俺達に時間をくれっ!」

 強く手を引かれて、メルは再び走り出す。何故か深い碧を色濃く湛えた、何時に無く神秘的なイザヨイの視線に吸い込まれて。忘れた痛みの代わりに剣の感触だけが、猛る狩人の魂を宿して鍔鳴った。

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