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 もはや退路は無い。この村を守ると決めた、その日その時その瞬間から。決意は固く覚悟を決めて…弱い自分を必死に殺した。今や名のある自分なれば、微塵の弱さも許されない。一度は捨てた故郷にあって、誰よりも懸命に、誰よりも逞しく…そして、誰よりも前に。ココット防衛の為に自ら貫いた信念は、メル=フェイン本人にとって最高の形で報われようとしていた。
 鼓膜を引掻く高周波は、古の戦槌が奏でる不協和音。神獣を象ったツゥ愛用のハンマーが、漲る筋肉の躍動に震え唸る。真っ先に獲物へ飛び掛ってゆくのは、何時も彼女。今日もまた、多くのハンター達の頭を取って、地を這うような低姿勢で忍び寄る。聳え立つ老山龍の四肢へと。

「凄っ…完全な形で現存する物があるなんて。初めて見たでする」

 振り上げられた前足が地を踏み鳴らせば、まるで落雷が直撃したかのように激震が走る。だがもう、怯む者は誰一人として居ない。目を丸くするラベンダーを他所に、ツゥは身体を目一杯のばして振りかぶった。旧世紀の遺産が、失われた技術の結晶を煌かせる。何の変哲も無い金属の塊が、インパクトの瞬間に金切り声を上げた。

「あ、あれも対古龍武器なのか!?」
「うぐぅ、耳がっ!なんだあれ!?老山龍の甲殻が撓んで…歪むっ」

 龍の一部より削り出す、龍を狩る為の武器。それに留まらず、旧世界文明は多くの遺産をこの時代へ残している。恐らくは過去に、多くの戦士達が手に携えたであろうそれは、現代の科学では解明できぬ不思議な金属で出来ていた。何かしらの反作用が対象物へ働き、僅かに物理法則はヘソを曲げる。だが、当時の面影を残して発掘される物は、ただの一本も存在しなかった。王立学術院やハンターズギルドの知る限りでは。

「…破損品でさえ脅威の破壊力でする。ブレス・コアと呼ばれ、数本が王国とギルドに…」
「へー、アレはそんなにイイ品だったスか…そりゃ炎剣も木っ端微塵スよねぇ〜」
「サンちゃん、また古い話を。ひょとして根に持っ…ちょっと待って。待ってサンちゃん」

 老山龍の足が止まるや、ハンター達はよろめきを見せた右前足へ殺到する。その中に混じって駆けるサンクを、イザヨイはボウガンを展開しながら呼び止めた。無防備な瞬間を守るように、背に庇って剣を構えるメル。もはや何時もの狩りの流れが、同じチームとして過ごした日々を取り戻す。が、今日はそれが続かない。切り込み隊長のツゥが一撃離脱を繰り出せば、ニノ太刀を浴びせるのは…何時もサンクだったから。

「ちょいちょいサンク…剣は?つか、何で丸腰なん?」
「うむス、これには深い訳が…」

 逸る気持ちに背中を押され、すっかり忘れていた…自分が丸腰である事を。仲間達こそハンターにとって、いかなる武具よりも得難い至宝であると。そう悟って突っ走って来たが。念願成就の果てに決戦の時を向かえ、改めて気付く。血潮は滾り狩りへと我が身を誘うのに…命を体現するただ一振りの剣が無い。

「サンク、メルの斬破刀が村に…間に合わないっ!誰か…」

 まるで夢から覚めたような。それでもまだ夢見心地で。サンクはおろおろと慌てる仲間達の中で、妙な安堵感に落ち着き払っていた。周囲を埋め尽くす狩りの喧騒と怒号。舞い上がる土埃と地を揺るがす震動。怒りの咆哮でハンター達へ牙を剥くのは、彼女と仲間達の、ハンター達全員の獲物。
 メルが自分の剣を差し出す前に、イザヨイが周囲の誰かに声を掛けて回る前に。無言でツゥが剥ぎ取り用ナイフを渡すより早く。サンクは笑顔で三人を送り出した。その先で剣を振るユキカゼやラベンダー、アズラエルにも大きく頷いて。

「キニシナイ、キニシナイ…自分、ミンナの勝利を祈ってるッスよ!」
「これこれ…諦めが良すぎるのぅ。狩人たる者、無闇に祈る事無かれ、じゃっ!」

 小さな影が宙を舞う。ある筈の無い声が高らかと響き、その驚きに誰もが手を止めた。見上げる狩人達の頭上を華麗に、一人の老人が飛び越えて行く。その身の丈の数倍もある、巨大な大剣と思しき物体を片手に。ココットの英雄は今、自ら築いた村を守るべく前線に立った。軽々と手にする武器を振るえば、老山龍の鱗が斬撃に舞い散る。

「そ、村長ぉ!?な、なな…誰かっ!三人来いっ、村長をお守りするんだっ!」
「ハッスルジジィ発現!?噂ニ違ワヌ化物ップリダナ、ヲイ…惚レソウダ」
「す、凄ぇ…すっげぇ!あんな重そうな大剣?みたいなのを軽々と…」
「ふぉっふぉっふぉ。何のこれしき軽いものじゃよ…持ってみぃ」

 ドンッ!村長が空中で一回転すると、巨大な甲殻の塊が大地へめり込んだ。持ってみぃ…まるで普段通りの気楽さで、ニコニコと屈託の無い笑顔。多くのハンター達に囲まれ、半ば拉致されるように保護されながら。屈強な男達の狭間から、老人はサンクに視線を贈り続けた。一歩前へ…相対して見ればその巨大さが良く解る。こんなものをもし、ミナガルデの工房で作ったら…作った職人は間違いなく職を失うだろう。

「ナルの奴がのぅ、使える甲殻だけを集めて作ったんじゃ。サンク、お前の剣じゃよ」
「サァーンク!何やってんだい、このスットコドッコイ!お前の馬鹿力は飾りかい?」

 ナル=フェインの声が聞こえる。何やら難しい機械を捏ね繰り回しながら、工具をとっかえひっかえ持ち替えつつ。すぐ側で我が身と故郷を脅かす、老山龍すら見る暇も無いままに。ナル=フェインは困難な作業に挑みながらも、叱咤と激励を叫び続けていた。まるで耳元でがなるような喧しさ。その声に振り向いたメルは、ポンとイザヨイに背中を押されて。サンクを一瞥して老山龍へ急ぐ。

「こりゃ駄目だ、交換さね…サンク、まだ突っ立ってんのかい!早くおしよっ!」

 柄に手を掛ける…恐る恐る。不思議と熱気を孕んだ、それは間違いなく焔龍の息吹。未だ潜在的に素材へ息衝く、偉大な空の王の魂。燃え盛る業火を湛えた炎剣とは異質の、内側に閉じ込められた爆発的なエネルギーを感じて。引き抜く。渾身の力を込めて。

「爺さん、六番のバルブを閉めとくれ。ハン!そりゃ重いさ、抜けるモンなら抜いてみな!」

 破損した箇所を捨てたとはいえ、フル装備の防具一式に使われていた甲殻の量はかなりの物。補強の為に、一角竜の角と骨を大量に加えた剣は、先程の光景が嘘のような重さ。村長が振るえばそれは、正に蝶の羽根の如し。しかし、一度サンクが手にすれば…それは地に根を張る大木の如く。

「サンクッ!…クリオの子が生まれたよ。元気な女の子さね」
「ちょ、ちょっ…ナルさん!?何でそんな大事な事を俺に一言も…」
「フリック、そこ閉めとくれ。七番と八番と…いいかいサンク、よく御聞き」

 もう既に数名が、この谷で命を落とした。誰もが勇敢な、熟練の技を極めた名ハンターだった。砦への招聘を断りながらも、自ら進んでこの地へ集い…最期はその狩りへと殉じた。散る命に支えられてしかし、生まれ来る命がある。人の営みがまだ、微かに確かにあるのなら…この村はまだ生きている。滅亡の危機に瀕して尚、ココット村は生きているのだ。

「よし、修理完了…サンク、お前の流儀を見せとくれ。守るんだろ?お前の故郷を」
「水圧は…よし!サンク、口にゃぁ出さないけどよ…アイツ、ずっと待ってたんだぜ?」

 振り返るメルやイザヨイが、盛んに手を振り呼んでいる。ユキカゼが何か叫んでいる。手の中の重さが消え、その剣は見えない翼で羽ばたいた。

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