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「どけどけー、どけッスぅ〜!危ないスよぉぉぉぉ!」
「あわわ、剣に振り回されてるでする…危なっ!?」
「さんくタン、鼻血出テルゾ…アリャ重量ばらんすガ超絶悪インダロナ」

 その刃はまるで、主すら振り払って羽ばたくが如く。辛うじて引き抜いたサンクを弄ぶように、右に左にと大きく揺れて。振るい手を引き摺り、真っ直ぐに老山龍へとその刀身を傾ける。その姿はたちまち、犇くハンター達の中に溶け込み見えなくなった。
 永久にも感じる数分が今、ゆっくりと流れてゆく。誰もが夢中で剣を振るい、我を忘れて銃爪を引いていた。現在、この場を支配しているのは、ココット防衛に燃える崇高な使命感では無い。増して、失った仲間達への鎮魂でも無ければ、黒く燃ゆる憎悪の炎でも無い。ただ狩るものと狩られるものが織り成す、狩場の高揚感。

「皆様、老山龍の弱点はあそこ、人間で言えば肩から背にかけての部分です」
「剣は届かない、か。なら…っとぉ!?あ、危なっ!」
「と、止まらないッスー!避けて避けてー!」
「重いもんね、あれ。メルも持ち上げるのがやっと…いっちゃん?」

 間違い無くまだ、荒れ狂う焔龍の魂が感じられる。一度狩られて天へと還り、その骸も武具としての役割を終えた筈が。三度形有る生を受けて、真紅の大鉈は老山龍へと襲い掛かる。嘗て「龍」の名を冠して恐れられた、雄々しい火竜の覇気もそのままに。イザヨイには今、怒竜の燃え盛る闘争心がはっきりと感じられた。研ぎ澄まされた鋭敏な感覚は、濁流の如く渦巻く人々の感情の狭間に、竜と龍の息吹をしっかりと拾う。
 覚醒した異能の力が、周囲のあらゆる物をイザヨイに知覚させていた。そよぐ風を怒号と喧騒が掻き混ぜ、古龍の咆哮が激しく揺さぶる。朝日を浴びた大地は、無数の具足が踏みしめ揺らす。激情に満ちた空間の真ん中で、彼女は折れそうな心を懸命に支えながら…全神経を集中させて老山龍へと同調を試みる。

「メル、もし私に…私に、老山龍を退ける力があったらどうする?」

 ボウガンを構えて安全装置を外し、撃鉄を引き上げ狙いを定めて。澄んだ翡翠の眼差しは、谷を狭しと暴れ回る老山龍を射抜いたまま。呟くイザヨイの瞳は、見開かれたまま輝きを増してゆく。
 老山龍の全てが、手に取るように解る…感じられる。旧世紀以来久方ぶりに、頑強な抵抗を前に傷付いて。それでもまだ、致命傷と言えるダメージを些かも許してはいない。その健在ぶりを示すように、左右の崖を崩す勢いで身を捩る。激しい怒りに身を焦がしつつ…老山龍もまた、龍の血を騒がす感触に、その源となる少女に気付いた。

「ウホッ、凄イ威力!…当レバナ。さんくタンヨ、力任セジャ駄目ッポイゾ」
「サンクさん、あっちあっち!老山龍はあっちだっ…っとぉ!?」
「ごめッス!何か重心がグリグリしてるよーな感じスよ、これ…ありゃ?」

 巨大な瞳がギョロリと蠢き、その焦点が一人の少女を捉える。突如その動きを止め、老山龍は眼下のイザヨイを注視した。誰もが突如中断された闘争に、呆気に取られて見守る中。真っ向から見据える両者の、その交錯する視線を遮って、メル=フェインだけが相棒を庇った。

「そんなの無いもん!誰にも…有ったって、メルはそんなの知らないもんっ!」

 メルの絶叫に呼応するように、突如飛来する蒼空の翼。寄り添う二人の頭上を旋回する蒼火竜は、鋭く吼えて狩人達を奮い立たせた。まるでイザヨイの意識を飲み込むように、視線の重圧を浴びせていた老山龍は…不意に小さな火球を浴びせられて喉を鳴らす。

「カー助っ、いっちゃんを守って…老山龍はメル達が狩るよ」
「…軽くなったス。なして?ともあれぇ…勝負はこれからッス!」

 意識は鮮明さを取り戻し、その知覚を取り込もうと広がる古龍の思念を振り払って。イザヨイは気迫を込めて頬を叩くと、努めて冷静に沸き立つ血潮を鎮めた。頼るべくは異能の血でも超常の力でも無い。大きく深呼吸をして、再び銃杷を握り直すと。イザヨイもまた、一人のハンターとして走り出す。慌てて出てきた為、満足な弾薬も持ちえぬ現状だが…少しでも多くの至近弾で、メルや仲間達を援護したい。一命を賭して稼ぐ一秒が、人としての一瞬であるように。そう祈って、彼女は狩りの空気へと同化していった。

「フリック!水圧は…この際だ、限界まで上げてお見舞いするさね!」
「この距離じゃて、当ればひとたまりも無いわい…ただ、ダムが持つかのぉ」

 名工の手を借りて今、巨大な装置が低く唸る。これからの乾季を乗り切るべく、周囲の村々に蓄えられた全ての水源…それは正に生命の重み。何段階もの加圧を経て、それは龍をも貫く槍と化す。軋むポンプの不気味な音だけが、待ち侘びる者達を焦らすように響いた。

「みんなっ!あと少し…あと少しだけ頑張ってく…」

 叫ぶフリックの声は、入り混じる数多の騒音に消え往く。甲殻が剣を弾き、鱗が砲弾に散り裂ける音。口汚くがなり散らす男達と、気合の限りに叫ぶ少年少女達。最後の一撃を待つ者は一人も居ない。その瞬間は間違いなく、長い長い狩猟の時に幕を引く終笛。しかし、それを吹き鳴らすのは自分をおいて他に居ない…皆が皆、我先にと獲物へ殺到する。狩人達は皆、この谷で行われた全ての行為を、普段と変らぬ狩りとして終わらせようと勇んだ。せめてこの手で、最後はこの手で…

「見てよアズさん。流れが変った…押してる、いけるよ!ここで押し返して後は…」

 心地よい高揚感と、身を震わせる興奮。満身創痍で疲労困憊の肉体が、それでも前へ前へと魂を誘う。限界を超えて走り続けたユキカゼはしかし、今ゆっくりと倒れ込んだ。前へと前のめりに倒れ、身を起こそうと大地を掴む両手は…虚しくただ、砂岩質の地面を僅かに抉る。

「銘入殺しは伊達ではありません…あれでも。私達は勝ちますよ、ユキカゼ様。さぁ」

 じったんばったんと暴れるサンクと、その周囲を埋め尽くす数多のハンター達。その光景に目を細めるアズラエルは、銃身の灼けたボウガンをそっと手放す。射撃の震動で感覚が薄れた手で、彼はしっかりとユキカゼを抱き起こした。そのまま肩を貸して立ち上がると、ゆっくりと老山龍へと歩き出す。

「ウニさんはちっさいのにタフだよね…みんな元気だなぁ」
「少し無茶が過ぎましたね、ユキカゼ様。でもまだ、大事なのはこれからですよ」

 そう言って微笑むアズラエル。その目はどこか、終わりの訪れを惜しむようですらある。狩りの時間はまもなく終わるし、人によってはこの戦いは、狩猟と呼べるレベルのものでは無いかも知れない。村の存亡、故郷の危機…だが、ハンターとは獲物を狩る者。

「…ひょっとしてさ、アズさん。まさか…色々剥ごうとか思ってる?」
「ええ、私達が狩るのですから、胸を張って剥ぎましょう」

 力無い笑みが、無邪気に少年達の間を行き来した。依然として老山龍は健在なれども、瀬戸際の攻防に今は負ける気がしない。最後の一手に備えて時間を稼いでる、その自覚すらない。未だ激震と暴風に揺さぶられながら…誰もが生き生きと、鼓動も呼吸も忘れて打ち込む。彼等彼女等の、純然たる狩りへの想いへ報いるかのように。甲高い異音と共に、空気を切り裂く光の筋。それは決着を一瞬だけ静寂へと閉じ込め、血の混じる雨となって降り注いだ。

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