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「マスター、どうか御再考を…あんまりですわっ!」

 ミナガルデ某所。長を囲む、若いギルドナイト達。その屈強な肉体を掻き分け、クエスラは抗議の声をあげた。もはや組織に籍も無く、しがない宿屋の女将でしかない彼女。しかし、鬼気迫る形相で迫られれば、若者達は道を譲らざるを得ない。その口が発する言葉の意は、彼等彼女等が嘆願する内容と同様だから。

「ちょっとー、女将ー!待ちなさーい!」
「待てるもんですかっ!マスター、ラベンダーの処分を取り消して頂戴っ」

 小柄な老人に肉薄するなり、クエスラは抱え上げて懇願する。組織の長に、既に下された裁定を覆させるなぞ、無礼千万と承知の上で。彼女は何としても、前途ある少女の未来を守らねば為らぬと感じていた。集まったギルドナイト達も想いは同じ…是が非でも、ラベンダーの除名処分を撤回して貰わねばならない。

「それでも待つのっ!ほら、みんなも…マスターを困らせちゃダメよ」
「でもソフィ…彼女は良くやったわ、それを除名だなんて…」

 女将の腕の中で、老人だけがニコニコと笑みを湛えて。腰を屈めて覗き込むソフィに、意味深な瞬きを繰り返した。既にかなりの高齢ながら、ミナガルデのハンターズギルドを牛耳る影の実力者。あの、ココットの英雄の実兄にあたる竜人族の老人。彼の意思こそがギルドの意思、ひいてはミナガルデの意思である。

「おじーちゃんっ!ウニちゃんはよぉーく頑張ったじゃない!除名は酷いですよ?」
「…ソ、ソフィ?それじゃ私と大して変らなくてよ。ま、そうなんだけど…」
「ふぉっふぉっふぉ…弟にも同じ事を言われてのぉ。さてどうしたものか」

 ギルドナイト、ラベンダーが拝命した任務は一つ。古龍の迫るココット村より、ギルドマスターの弟である村長を連れ出す事。無論、その命を守る為に。だが、実際に彼女がとった行動は、ギルドナイトとしての任務とはまるで真逆の行為。結果的に村長の命を守りきり、最終的にこの地へ招き入れる事に成功はしたが。その手順と過程をこそ、今は問われているのだった。

「拙者からもお頼み申す!ウニ殿…いや、ラベンダー殿ほどの逸材をっ!」
「自分も…お願いします、マスター!クエスラ殿やソフィ殿もああ言ってますし…」
「現にココットの村長殿は、ミナガルデで毎日健やかに過ごされてます。だからっ」

 クエスラとソフィに挟まれたギルドマスターへと、若きギルドの騎士達が詰め寄る。誰もが一騎当千、名うてのハンターだった者達…その意思は固く、決意と覚悟も相当のもの。そうでなくば、ハンターを守るハンター、ハンターを狩るハンターであるギルドナイトは務まらない。

「はいはい、御前等ぁー!散った散った…困るだろーがよ、ジーサンだってさ」

 不意に快活な声が部屋を覆い、誰もが声のする方向を振り返った。人の数だけ純白のマントが、衣擦れの音を立てて翻る。数多の視線が一人の男に殺到し、クエスラとソフィは互いを見て苦笑を零した。彼女達の狭間でギルドマスターだけが、ジーサン呼ばわりされて眉を潜める。

「レイ殿っ!しかし我等ギルドナイトはっ!」
「シカシもカカシも無ぇよ…俺等ギルドナイトの使命は何だ?あぁ?」

 レイと呼ばれた男もまた、純白のマントに身を包む。周囲のギルドナイト達と違うのは、縫い付けられたギルドの紋章を跨ぐように引かれた、鮮やかな朱色のライン。栄えあるギルドナイトの最高峰である事を示す真っ赤な刺繍。ミナガルデのハンターズギルドを守護する、ギルドナイト筆頭騎士…レイド=V=ドラグペイン。彼こそが、現場で暗躍するギルドナイト達の頂点に君臨する、最高峰の一流ハンターである。

「ウニっちの身柄は俺が預かる…いいだろ?ジーサン。連れてきてぇんだ」
「ちょ、ちょっとレイ、言葉に気をつけ…連れてく?何処へ?まさか…」
「そのまさかよ。あ、因みに俺も筆頭騎士を返上すっから。おいソフィ」
「んもー!解ってます!引き継げばいいんでしょ、っとに…ずるいんだから」

 レイはマントをばさりと脱ぎ捨て、無造作に丸めてソフィへと投げる。それが特別な物であると、微塵も感じさせずに。実際、彼にとって真紅の証は、些かもありがたみの有る物ではなかった。首を傾げるクエスラの前で、あっさりと権限が委譲される。誰もが望んでも得られぬ、組織内で最大限の栄誉と共に。

「ウニっちと俺は一時的にギルドを離れる…一時的にな。そして」
「解ってます!…行くんでしょ?あの場所へ…ドンドルマへ」

 ギルドは独自の研究を経て、以前より一つの結論に達していた。どうやら球状であるらしいこの大地に、網の目の如く張り巡らされた龍脈…その注ぐ先に、力が集う龍穴と呼ばれる地域がある事を。例えばそれは古代のシュレイド城であり、周辺の龍脈は全てそこへと注がれている。同様に…世界の各地に龍穴は存在するのだ。そしてそこには必ずと言っていい程、太古の遺跡が点在している。古塔と総称される、旧世紀の文明の爪痕が。
 龍穴は強力なエネルギーの収束地点であり、周囲には銘入クラスの飛竜が多く生息する。のみならず、古龍種も定期的に訪れ、その地脈よりの力を補給するのだ。正に人を寄せ付けぬ、野生の楽園…もしこの地を手に出来るのなら、一夜にして一国を起こすことも不可能ではない。地政学とはそういう物であり、過去の統一シュレイド王国がそうであった。

「ドンドルマの秘密を探らにゃ…龍穴ん上にドーンと街を構える、その秘密をな」
「そうじゃ…古龍の襲撃ですら前提条件として存在する、あの街は謎に満ちておる」

 レイの背後から、見慣れた顔が姿を現す。今だクエスラの腕中にある、ギルドマスターと同じ顔。ミナガルデで暮らし始めた、ココットの村長その人。

「のう兄者…これを見てもあのコを許せんかのぅ」

 村長の手からギルドナイト達に、便箋と封筒が手渡される。差出人の名を見て、若者達は仰天した。読み上げられれば流石に、ギルドマスターの心も揺り動かされる。命令違反を処断するギルドマスターの影に隠れた、可愛い部下を労う個人的な心情が。

「にっ、西シュレイド王室第一王女!?…慰留の嘆願書だっ!それも直筆の!?」
「こっちは、同じく西シュレイド図書院、筆頭書記官…エフェメラ=ブルーハート!?」
「東シュレイド共和国大統領…ちょっ、ど、どうなってるんですかこれは!?」
「ラリマー=フロウライツ…ええと、この人は…待てよ、どっかで聞いたような…」
「根こそぎのラリマー!あの遺跡荒らしのっ!これも直筆だ…どうなってんだ!?」

 ココットの村長とギルドマスターは、互いを見合わせにこやかに笑った。一人の少女の処遇を巡って、多くの著名人が筆を取ったのだ。ギルドマスター自身、罰するどころか誉めたい気持ちで一杯だったから…その頬を雫が伝うほど嬉しかった。
 ギルドナイトはハンターを守るハンター…何よりも先ず、ハンターたるべき。そうでなくば、ギルドはハンター達の信頼を得られない。そこにきてこの快挙…これほどに明るい話題が世間を賑わし、ギルドの名を知らしめた事は嘗て無かった。ギルドナイトの隠密性なぞ、気に留めるまでもなく思える程に。

「『ギルドナイト、ハンター達と共にココットを防衛せり』…やりおったのぉ」
「そうじゃ、あの子はワシの村を守ってくれた。次はワシ等の番じゃて」
「そゆ訳でよ、俺とウニっちと…特派要員としてドンドルマへ行くぜ?いいだろ?」

 ジーサン呼ばわりに終わらず、ギルドマスターの禿げ上がった頭をペシペシ叩きながら。あらゆる無礼を許される実力と人柄で、屈託無くレイが笑う。老人は弟の手前もあって、自らの心の内に正直になるほか無かった。籍はそのままに、一時的にレイとラベンダーは任を解かれ。新たな任務であるドンドルマへの派遣が決定された。
 同年、ミナガルデのハンターズギルドは、ソフィ=レッドアイを筆頭にギルドナイトを再編成。隠れた存在であったギルドナイトを公の物とし、公然とハンター達の利潤と権利を守る為に動き出した。尚、公開されたメンバーの中には、復帰した山猫亭の女将の名もあり…彼女は筆頭騎士殿と並んで、ギルドマスターの御見合い攻勢から逃げ回っているとの事。

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