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 にんげんは、ふしぎ。

「ランドール殿、ミナガルデまでの帰路…同道してもよろしいか?」
「デフか…うんまぁ、いいぜ。しっかし男二人たぁ、何とも寂しい家路…!?」

 にんげんは、ホントふしぎ。

「ふぅ、今日も暑い…乾期到来か。レウスキャップなど被ってはおれぬな」
「おっ、おま…デフッ、お前っ!お、おお、女ぁ!?」

 にんげんはよわいのに…ホントふしぎ。

「男を演ずるほうが、何かと狩りには都合が良いのだ…何か?」
「…レウスかと思ったらレイアだった、位の衝撃だぞこれは…あーくそっ!」
「おっ、見慣れぬ美人発見…トキオくぅん、ドコのダレ子ちゃん?紹介しろっデデ、痛ぇ!」
「キヨ様っ、またそうやって…そんな脚で素早いから困ったものです」

 にんげんはふしぎ。よわいのに、つよいんだもの。

「それよりワタリベ殿、故郷に…シキ国に帰られるとか?」
「ああ、この脚ホントに駄目でよ…でも、帰るキッカケ位にゃなってもらうさ」
「じゃあほら、この金を持ってけよ…餞別。キヨさんのランパート、俺が引き取るから」
「感謝します、ランドール様。キヨ様は私が責任持ってシキ国までお連れします」

 杖を突いたキヨノブはもう、狩猟用の武具を身に付けてはいなかった。狩りの仲間達と惜しむ別れは、充実の狩猟生活との別れも意味する。もう走れない…共に仲間と駆ける事適わない。大いに悔やみ、激しく泣き叫んだ後…彼は現実を受け入れた。眼を背けていた過去と一緒に。

「お、ゆっきー!お前さんはどーすんだぁ!当てが無ぇなら一緒に来いや」
「季節豊かないい国らしいですよ。ユキカゼ様、私は…三人の旅がいいと思うのですが」

 旅装のユキカゼは確かに、普段の三馬鹿トリオの一人に見えるが。だが、その瞳に宿る光は、揺るがぬ決意を灯して輝いていた。温かな人の和の中から今、彼もまた旅立つ時を迎えたのだ。

「俺はワダツミ村に帰ってみるよ。キヨさんと一緒さ。振り返るべき過去が…俺にもあるんだ」
「言ってくれるねぇ…だが、最後にゃミナガルデに帰ってやれや。あのコが待ってんぜ?」
「残念です…でも、この帰郷はユキカゼ様にとって、かけがえの無い物になる筈」

 三者は三様に、今日旅立つハンター達の輪の中で肩を組み。彼等なりに別れを惜しんで互いの無事を祈った。祈るべき神など居ないこの世界で、各々が己に祈り願う。友よ、常に壮健なれ、と。

「そういや、でんこは残るんだってな…この暑さだ、毎日の水汲みは大変だぜ」
「むい、でももう決めたから…フリックさん達も居るし。ここで待つのがオレの日々だよ」

 胸に幼い雌火竜を抱き、トルマリンは旅立つ仲間達を見送りに出ていた。この数日間で、彼女の狩り仲間を綴っておく手帳は、書ききれぬ名前に溢れ膨れた。後で、デフ=スタリオンが女性だったという事実は、書き直さなければならないが。多くの仲間を得て、いつもの仲間に触れる事が出来た。だから、出会いの場所ココットを守って待つ…彼女の選択もまた、自らがハンターである事を高らかに謳う。

「っしゃ、ミナガルデ帰宅組はこっちスよぉ!今なら先輩のお弁当付きッスよぉ」
「くりおカーチャンガ育児ノ傍ラ、早起キシテ作ッテクレタォ!食エコノヤロー」

 トキオ=ランドールはミナガルデへ戻るハンターの一団へ加わるべく…彼にとって歴史的な一歩を踏み出した。デフ=スタリオンの手を握り、不器用にエスコートしながらサンク達の輪に加わる。多くのハンター達は、ミナガルデへ戻る事を選択した。あの場所こそ、狩猟で日々の糧を得る、ハンター達の生活の場そのものだから。遠く南にハンターの楽園を聞き及ぼうとも、彼等彼女等の生業が故郷とするのは…この世この地上にただ一つ。山猫亭のあるミナガルデをおいて他にない。

「後は…あのコか」
「目が覚めたんだって?」
「お、噂をすれば…よう!おはよう、お二人さん」

 好奇の芽が咲く、視線の花を摘み取りながら。二人の少女が村のゲートに現れた。今朝、長い眠りから目覚めたイザヨイは…海の如く深い蒼色の瞳に微笑を湛えて。口々に声をかける仲間達へと、にこやかに応えながら歩む。傍らのメル=フェインと共に。空と海を互いの瞳に湛え、二人は皆の先頭に立って、村を出る一歩を踏み出した。二人の間を飛び回る蒼火竜は、一声鳴いてメルの肩に翼を休める。

「私ね…ずっと夢を見てた。過去か未来か…ここでは無い刻、いまでは無い場所の夢」

 メルの肩から蒼火竜を抱き上げ、硬い甲殻に頬を寄せて愛でながら。イザヨイは相棒にだけ聞こえる声で、眠りの数日間を静かに語った。メルは静かに頷き、その先を促す…もはやイザヨイがどんな夢を見ようと、それを語らう二人に特別な意味は無い。歳相応の無邪気な少女で居られるから。

「星の海を統べ、奇跡の御業で生きる時代の…私とメルと、みんなの居る夢」

 今も伝承に残る過去の断片。十五の巫女姫と、十の妖精騎士の物語。黒い羊皮紙を巡る冒険と、闇の淵へと挑む神話の世界…真偽も定かではない、子供達が眠る前に強請る御伽噺。その世界をイザヨイは、夢見る意識の狭間で体験した。唯一の翼も、赤い輪の狩人も、奈落の剣王神話さえも。

「凄くいい夢でね、毎日が楽しくて…辛かったり悲しかったり、でも楽しくて」
「その夢、めるは?あー、サンクは居たっしょ。でんこは?ゆっきーはどうかなぁ」
「ふふ、みんな居たよ…居心地良かった。でもね、私には帰る場所があったから…」
「帰る…場所?」

 もはや王国からすら追われる身。帰るべき家は今や無く、帰れば最愛の家族に迷惑を強いる。さりとて、この場に留まっても未来は無い。可能性の簒奪者は常に、望まずとも彼女を追って来るのだ。決して成果の無い行為ともしれずに。
 それでも彼女は…イザヨイは目を覚ました。帰るべき場所を感じて、その場所が呼ぶ声に惹かれて。魔法のような理で彩られた、文字道理夢のような世界を抜け出て。万能を極めた楽園から、野生と本能が支配する大自然の世界へと。彼女は戻ってきた。

「うん。私の帰る場所はメルの隣。夢のメルじゃなく、こうして触れられるメルの隣」
「いっちゃん…うんっ!メルの帰る場所もいっちゃんだから。うん…うんっ!」

 二人は当ても無い旅へ出る。行きつく場所も無く、ただ追われながら。王国の追っ手は恐らく、ココットにイザヨイを見つけられずとも諦めないだろう。それは同時に、この地を二度と踏めぬ運命の証。いまこそ旅立ちの時…
 皆が皆、闘い終えて帰路につく。生まれた故郷へ、稼ぎ生きる街へ…愛する半身の傍らへ。ココットはこれより地図から消され、ただ村長代理夫妻と僅かな人が住む、小さな小さな集落へと姿を変える。それでも毎日トリムが、山を越えて水を汲むだろう。ナル=フェインの工房に火の消える事は無く、訪れるハンター達は減りはしない。恵みの雨季が訪れ、再び村に活気が戻るその日まで。

「んまぁ、落ち着いたら手紙でもよこすッスよ。めるめる、いっちゃん!元気出すッス!」
「ンダンダ、新婚旅行ダト思ッテあちこち見テ廻ッテ来イ。世の中は広いぜ?」
「メル、君のお陰で俺も帰れる…故郷の重さ尊さ、君の背中から伝わったよ」
「まぁあれだ、女同士は不健康ぉ!二人ともベッピンになってシキに来いデデデ、痛ぇ!」
「まったく…ほら、トリム様も。お別れを言うのではありませんか?」

 俯くトリムは、幼火竜のシハキを抱き締めたまま動かない。その銀髪をワシワシと撫でながら、イザヨイは右手を高く空へと掲げた。彼女に抱かれていた蒼火竜が、白い小さな手に舞い降りる。

「皆が皆、帰るべき場所へ帰る…お前もお往き、蒼丸」

 もはや彼女に、太古の遺産は微塵も宿っては居ない。元より、彼女に懐いて離れなかった蒼火竜は、異能の超常力に操られた訳では無かった。無性に懐いて側を離れず、常にイザヨイの袖に噛み付きぶら下がっていた蒼火竜。山猫亭の常連客に愛され、多くの名を持つ唯一の翼。

「ばいばい、カー助…みんなもさよなら!元気でっ!」
「お別れですね、蒼紅玉…立派な空の王におなりなさい」
「アバヨ、イッパイアッテナ…御前ノ名前ハイッパイアッテナ。俺ハソウ呼ブゼ?アバヨッ」

 にんげんは、ふしぎ。よわくてもむれない、つよいにんげんほどなれあわない。にいさまもふしぎ…にんげんとはつねに、カルモノとカラレルモノなのに。にんげんのてにはばたく、にいさまのつよさがふしぎ。にいさま…いくの?いくのね、にいさま…

「んじゃー、自分等も行くス!バイバイ、みんなっ!バイバイ…メンチ」
「おう、あばよ大喰らい…女将によろしくな!皆も!おめーもな、蒼火竜のボウズ!」
「さて、ワダツミ村まで走るか!皆、また…キミも。また会う日まで」

 にいさまのつばさ、まるでとおさまみたい…にいさまにはあるの?かえるばしょ…にいさまにあるなら、わたしはにいさまにかえるよ。そこからさがす、じぶんのホントのかえるばしょ…

「シハキ、お前もお往き…お別れだけど最後じゃないから。またね…さぁ!翔んで!」

 一対の翼が宙を舞い、小さくとも力強い羽ばたきで空を裂いた。彼と彼女は長らく別れを惜しむように、狩人達の頭上を周回して飛ぶ。その半径は次第に拡大し、大きな輪を描きながら。眼下の人間達が別れを告げながら、徐々に離れてゆくのに従って。ついには霧散し、各々の空へと飛んでゆく。最初は互いによりそい、懐かしの森と丘へ。ハンター達もまた、各々の大地へ…別々の道を、同じ想いを抱えて踏み出した。

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