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「嗚呼!駄目です終わりです!妻子を残して今、職務に忠実な一人の書士が…」
「あーもう、喚く暇があったら走ってくださいよ…これだから内勤の人は」

 陽炎に揺らぐ地平へ今、溶け入るように接する太陽。その緋に染まり始めた光を受け、長い影を引いて殺到する背ビレ。灼熱に身を焼く長い午後の終わりに、熱砂の大海を疾駆する二人の人間を追って。一糸乱れぬ波状攻撃で、獲物を追い込む魚竜達はまるで…

「さながら蜜蜂の群、か。良く統率されてる。って事は、居るな…この先に」
「妻よ我が子よ、私は常に良き夫であり良き父として、っとおおおお!」

 ガレオスの背ビレに足を取られ、躓く同僚の襟首を掴んで。半ば引き摺る様にヴェンティセッテは走った。取り乱す同僚に気を悪くした様子も見せず、淡々と一定の呼吸を刻んで。徐々に追い詰められつつある現状を認識しながらも、その目は並走する背ビレの進む先を見据えていた。不意に行く手に閃く光…陽光の残滓が反射するのを確認すると、二人は全く逆の色合いに表情を崩す。

「はぁはぁ、ヴェンティ、セッテ君…あ、あの光!助かった、オアシスですよ!」
「チィ!最悪だ…カロンさん、どうやら珍しいレポートが書けそうですよ」

 生きて帰れればね、と付け足して。四方を取り巻く背ビレの誘導から、何とか抜け出そうと辺りを伺うヴェンティセッテ。その先に近付く謎の光源が、不意に砂埃を巻き上げ消失した。正しく彼の予想通りに。同時に潮が退いて行く様に、姿を消すガレオスの群。静寂を取り戻した砂漠に、まるで取り残されたような二人。

「?…オアシスが消え…た?ぜぇぜぇ、蜃気楼です、ねこれ、は…うんうん、実に理論的」
「潜ったか…どこから来る?カロンさん、音爆弾持っるよね?それを…」

 砂埃に曇った眼鏡を外し、袖で拭きながら一息つくカロン。その横で素早くボウガンを構えると、ヴェンティセッテは弾薬を装填して撃鉄を引き上げる。不快な汗の冷たさも意に返さず、事態の飲み込めぬ同僚への説明も忘れて。全力疾走から一転して、身動きの取れぬ緊張感に生唾を飲み込む。
 その時、視界の両端が切り取られた。突如左右に屹立する暗い絶壁。夕日を遮り、自分達を挟み込まんと迫るそれが何かを、二人は直ぐに理解することが出来なかった。ヴェンティセッテでさえ、予想以上の巨大さに身が竦む…無数の牙が並ぶそれは、魚竜の上顎と下顎。既に二人は、真下から垂直浮上するドスガレオスの口の中。

「…耳を塞いで翔べっ!」

 女の声が耳朶を打ち、咄嗟に我に返ったヴェンティセッテは、カタカタ震えて立ち竦むカロンを思いっきり蹴り飛ばした。その反動で自分も逆方向へと跳ね、間髪入れずに巨大な顎門が砂を噛む。灼けた大地を転がりながら、声の主を求めて振り向くヴェンティセッテ。その鼻先を掠めて、一発の徹甲弾がドスガレオスへと吸い込まれていった。爆音と絶叫が響き、巨大な影が宙を舞う。

「で、でかいっ!これが輝龍…輝龍ドスガレオス!」

 朱色に染まった空のキャンパスに、夕日が巨大なシルエットを刻んだ。常軌を逸した巨躯が、砂海の波間を高く高く飛び跳ねる。その全身は一点の汚れも無く、眩い鱗に包まれていた。魚竜は皆、輝く鱗を砂の汚れに隠している…眼前を飛ぶ銘入りの魚竜が「輝龍」と呼ばれる所以である。その煌く鱗は常に、オアシスと見間違えた旅人を餌食にして来た。
 僅か一瞬の滞空時間も、見惚れるヴェンティセッテには時間が止まったかの様で。しかし、続けて響く砲声が甲高く轟き、無数の弾丸が放たれる。その僅か数割を自慢の鱗に受けながら、輝龍は悠々と着地。激しい砂飛沫の柱を巻き上げ潜ると、その気配はあっという間に消え失せた。

「…サンク、あっちの男を掘り出してやれ。運が良かったな、書士殿。立てるか?」

 呆気に取られるヴェンティセッテは、夕日の中に声の主を見た。眩しげに手を翳して見詰めれば、命の恩人は長い砲身を畳むと、相棒に短く指示を出して歩み寄る。その姿は、伝説の黒龍を思わせる漆黒の鎧に包まれ、背負う白亜の重砲は御伽噺の麒麟を彷彿とさせた。だが、差し出される手は間違いなく、人間の女…握れば暖かく柔らかいが、見た目通りモンスターハンターのものだった。

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