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『おや、どうしたんです?そんなに慌てて』
『ええもう、慌てもしますとも!生まれたんですよ遂に!』

 ああ、夢を見ているな…カロンは俯瞰視点で今、過去の自分を眺めながら呟いた。無論、夢の中での独り言である。今でも忘れはしない、あれは初夏の日差しが穏やかに差し込む、繁殖期の終わりの静かな午後。ティーセット片手の一等書士に、息を切らせて全身で喜びを表現…眼下の自分を今でも鮮明に思い出せる。だからこそこうして夢見るのだろう。

『それはそれは…おめでとうございます、カロンさん。心よりお祝い申し上げます』
『っと、御丁寧に…ありがとうございます、トレントゥーノ君!』

 儀礼的なやりとりを交わし、深々と下げあった頭をあげて。二人は滑稽な程に畏まった互いを見て、込み上げる笑みを噴出した。その後は同僚同士、屈託の無いやりとりで明るい話題に花が咲く。元気な女の子だったとか、名前はもう決めてあるとか…興奮気味に語る過去の自分を、カロンは苦笑交じりに見詰める。さてこの後どうなったか、と。妙に鮮明な意識が記憶の糸を辿るより早く、夢は正確に過去を映し出す。

『そう言えば、彼を知りませんか?毎日この時間はこっちで…』
『ああ、先程まで居られましたよ。王城はまだ会議中なので…多分、書庫の方ですね』

 あの方、今日も一人でクィーンベリーのタルトを半ラウンド食べて行きましたよ…苦笑する一等書士に改めて礼を言い、筆頭書士殿にもどうぞ宜しくと重ね重ね伝えて。本人唯一人を観客とする舞台は、次のシーンへと進んでいった。
 そう、自分があの時探して居たのは、後輩にして最も古い知己。彼は王室お抱えの宮廷軍師でありながら、いつも会議を抜け出し学術院へ来るのだ。お目当ては書士達に混じってのティータイムと、王立学術院秘蔵の古書。自分が仕事しなくても済む事こそ、これ即ち平和の証…そう友は嘯いて、サボタージュに余念が無い。

『全く、真っ先に伝えたいのにこれですよ!ええと、最近は確か…』

 友が最近、星刃伝承の断章写本を熱心に読み耽っていたのを思い出して。第七書庫へと自分が駆けて行く。その後姿を追いながら、カロンは思い出していた。今現在、砂漠で気を失っているであろう現実を。そして、そうまでして過酷な現場にしゃしゃり出て来た理由を。次第に暗転してゆく夢の中で、過去の自分が小さくなってゆく。その背中が見えなくなると同時に、カロンは現実へと覚醒を果たした。

「…先程の射撃は落第点だったな、サンク。酷い命中率だ」
「はは、流石に手厳しいんだな…噂に聞こえたクリオ=スポルトは」
「うんにゃ!下手なボウガン数撃ちゃ当る、ッスよ!…あ、目が覚めたスか?」

 焦点定まらぬ視界が徐々に開け、次第に鮮明になってゆく。色彩を取り戻し、輪郭が定まって像を結ぶのは…一定のリズムで揺れる豊満な尻。暫し現状が理解できず、ぼんやりとした意識で尻を眺めながら、次第に全身の感覚が戻ってくるのを感じて。カロンは今、ハッキリと把握した。気絶した自分は今、女の肩に担がれ運ばれている、と。

「危なかったスよー、相方さんが気ぃ利かせなかったら今頃…」
「ま、俺だって砂竜の餌にはなりたくなかったし。どう?歩けそう?」
「どうにか。お、降ろして下さい。それと…若い娘が何て格好ですか!」

 そぉ?と覗き込む同僚も、流石に苦笑気味。カロンを担いで歩く少女は狩人らしいが、防具を何一つ身に付けていない。半裸に等しいインナー姿にカロンは絶句するが、本人もヴェンティセッテも気にした様子は無い。はしたないと説教し始めるカロンを、彼女は悪びれた様子も無く放り出した。

「だってー、お金も素材も無いんスもん。自分も早く先輩みたいになりたいッス〜」
「…無理だ、諦めろ。風が出て来たな…先を急ごう」
「こりゃ今晩は荒れるな。さ、立った立った」

 差し出されたヴェンティセッテの手を握り、砂を払って立ち上がりながら。カロンは改めて、一行を先導する女ハンターを見詰めた。そのいでたちから、高名に違わぬ実力は疑うべくも無いが。無理を押して強引に砂漠調査へ同行した理由を、カロンは反芻しながら洞察する。名乗られずとも名の知れた、超一流のガンナーであり…友のハートさえ射止めてしまったクリオ=スポルトなる人物の、その人となりを。

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