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「嵐は去ったか…けど何だ?この音」

 薄闇を照らす光…白み始めた空に星明りの残滓。今は砂嵐も過ぎ去り、朝を待つ砂の海は静かに凪いでいた。物音一つ立てず、身動き一つせず目覚めたヴェンティセッテは、微かな違和感に心の中で呟く。僅かに吹き抜ける風の音に混じって、安らかな寝息と豪快なイビキ…その中に潜む不協和音。彼は姿勢を崩さず目を閉じたまま、じっと耳を澄ます。

「擦れる…いや、削れる音か?…それもかなりの大質量が」
「ンゴー!先輩が食わないなら貰うッス〜!ハフハフ…ムニャムニャ」
「ん、んぬ、違うんですストラさん…ああグーはやめてくださいグーは…」

 熟睡組の寝言に混じって、それは遥か遠くより聞こえる。風に乗って届く、耳障りな重低音。規則正しいリズムで、鈍くヴェンティセッテの耳朶を打つ。神経を研ぎ澄まし、意識を集中する彼は、自分と同じ作業に徹する気配をもう一つ感じ取った。気付いたのが今で、何時からそうだったかは解らないが。

「…そう遠くはない、な」
「ええ、危険かどうかは微妙ですけど」

 クリオも異変に気付いていた。何も不思議な事は無い…ヴェンティセッテ本人がそうであるように、狩場へ赴いた狩人は些細な事にも敏感に反応する。寝ている時でさえ、厳しい自然の中にあっては臨戦態勢を片時も解かない。二人はそれが当然であるように、互いの力量を認めつつ短く言葉を交わす。

「フゴゴ…いやもうドスヤンバルはやっぱヤキトリに限るッスねぇ」
「すみませんストラさん、すみません…今回はどうしてもある女性に会わねゲファ」

 連れが呟く寝言に苦笑を滲ませながら。地平線を染める朝日の光が差し込むと、改めてヴェンティセッテはまじまじと見詰めた。岩陰の入り口に身を寄せ、じっと外を伺う横顔を。褐色の肌に白い髪を靡かせた、端整な顔立ちは凛々しく涼しげで。まず間違いなく、一般的な人間の美的感覚に訴えるものがあるだろう。やや近寄り難い雰囲気があるものの、まず間違いなく美人だろうとヴェンティセッテは思った。

「…音が止んだ、な」
「ん?あ、ああ…何だと思う?」

 何かは知れぬが、二人には奇妙な確信があった。砂海の沖より響く異音が、互いが求める今回の目的であるかもしれないという事。人智の及ばぬ熱砂の大地の、その奥深くで…今、何かが起ころうとしている。或いはもう既に始まっているのかもしれない。その異変に気付いている者はまだ、ほんの一握りだが。

「…近頃、砂漠が騒がしい。流石は王立図書院、迅速に人員を送り込んできた訳か」
「若干一名無理矢理付いて来ちゃったけどね。ギルドも何か掴んで、って当たり前か」

 真っ赤な太陽けが登り始めると、二人はそれぞれ相棒を起こすべく踵を返す。朝焼けを背に、長い長い影を刻みながら。出来れば日が昇りきる前に…少しでも涼しいうちに先へ進みたい。既にもう、二人の狩りは再開されていた。

「ま、何してる音かは知らないけど…発信源だけはハッキリしてる」

 何やらうなされている同僚を揺すりながら、ヴェンティセッテは先程の異音を脳裏に思い浮かべる。

「…ああ、間違いなく奴だ。奴が帰って来たんだ」

 後輩の頬をつねりながら、クリオも強い確信を得て呟いた。

「是非この目で見たいね。砂漠の暴君、閃龍…え?」
「…三度銘を得て蘇るか。荒野の覇者、鋭龍…ん?」

 些細な、しかし決定的な擦れ違い。暫し二人は言葉を失い、互いを見合わせる。今の今まで、同じ目的を追ってるものと認識していたが…ハンターズギルドと王立図書院は、どうやら似て異なる情報を察知していたらしい。ただでさえ危険度が高い今回のクエストは、より困難な調査へと変貌を遂げた。急いで自分の荷物へ駆け寄り、調査資料を改めて確認する二人。

「ムニャ…モリモリ食って、先輩みたいな立派なハンターになるッス〜」
「と、兎に角っ!大事な友の大事な人です、直に確かめ痛っ、痛たた…」

 今はまだ、危機に気付かぬ者は夢にまどろみ眠りを貪っていた。

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