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 岩陰に身を寄せ、心を岩そのものへと同化させる。そうして気配を完全に殺した二人は、眼と眼で意思を通わせ、手と指でサインを交えて手筈を確認する。獲物に気取られぬよう、静かに撃鉄を引き上げて。クリオとヴェンティセッテは、互いに突入のタイミングを図って息を飲んだ。

「あわわ、あんなに沢山…ヴェンティセッテ君、ここは迂回して…」
「しっ!カロンさん、静かに…もっと身を屈めて」
「…フォワードは私達が跳ねる、サンクはバックスだ。書士殿をお守りしろ」
「ガッテン承知ッス!ま、泥舟に乗ったつもりで行くスよっ」

 遺言を書いてくるべきだった、と。後にそう振り返ることになる一瞬を、カロンは震えながら地べたに伏せて迎えた。一行は今正に、ゲネポスが群為す食事の場へと、躍り出ようとしていた。緊迫感の中にもどこか、余裕とも取れる雰囲気を携えて。
 かくしてパーティへと、招かれざる客達は乱入した。花束代わり構えたボウガンから、挨拶代わりの礫が降り注ぐ。メインディッシュを待っていた客達は、木の葉を散らすように逃げ惑った。その背を追う必要は無かったが、襲い来る何匹かは対処せざるを得ない。

「ひっ!ホントに泥舟じゃないですか、もうっ!」
「まだまだぁ!こっからが本番、尻の見せ所ッスよ!」

 真っ赤な舌が踊り、鋭利な牙が並ぶ口を開けて。一匹のゲネポスがカロンを襲う。振って沸いた乱入者の中にあって、無防備な彼は格好のオードブル。割って入る新米ハンターですら、その付け合せ程度に過ぎない。ぎこちなくアルパレストを構えつつ、威勢だけはいいサンクが銃爪を引く。
 炸薬が点火し、鋼鉄の矢が次々と空を裂く。大きく狙いを逸れた弾丸が飛び去ると同時に、サンクは再度トリガーを砲身に押し込んだ。が、虚しく撃鉄が小さな金属音を立てる。弾切れと知ってか知らずか、ゲネポスは火薬の匂いに怯む様子も見せず跳躍した。

「んなろ!それなら必殺っ、サンクホームラァンッ!」

 クルリと砲身を持ち替え、片足をクイと上げると。サンクは構えたアルパレストで力の限り、ゲネポスの横っ面を引っ叩いた。短い絶叫を残して、砂色の体躯がすっ飛んでゆく。さしたるダメージは与えられなかったが、当面の危機は退けた。その隙にリロードしようとポーチをまさぐる手がもどかしい。すぐさま起き上がったゲネポスが飛び掛ったのは、前衛のクリオやヴェンティセッテが振り向くよりも速かった。

「しまっ…カロンさん、逃げて!」
「…駄目だ、書士殿は動けない。サンクッ!」

 ヴェンティセッテのグレネードボウガンが、クリオのクイックキャストが。急旋回する使い手に従い銃口を翻す。だが、二人の人差し指が銃爪を引く事は無かった。突如降り立った影が、射線上で抜刀する。肩越しに二人を見やった影は、不敵な笑みでニヤリと口元を歪め、再度跳躍した。襲い来るゲネポスと空中で交錯…地を蹴った一人と一匹は、一人と肉塊となって宙より舞い戻った。

「怪我ぁ無いかい?御嬢ちゃん…因みに見せるのは尻じゃなくて腕、な?」
「ほええ〜!?あ、ありがとス…誰?せ、せせん、先輩っ!誰スかこん人」

 突如現れた男は、雌雄一対の双剣を背に仕舞うと、白い歯が眩しい笑みを零した。呆気に取られるカロンは、腰が抜けて立てぬまま、謎の男を見上げ…その防具に刻まれた紋章を思い出す。ヴェンティセッテもクリオも、突然現れた助っ人の正体に、ある程度の心当たりがあった。少なくとも、どこの組織の人間か、は。

「ヴェ、ヴェンティセッテ君、この方は…もしや」
「ええ、あの紋章…間違いないでしょうね。で、立てます?」
「御嬢ちゃんもまぁ、磨けば光るかもな。んで、ル…クリオさん、お久しぶり!」

 軽薄な笑みは余裕の表れか。突如現れた剣士は、カロンに手を差し伸べるヴェンティセッテと目礼を交わし、クリオに向けて歩き出した。その眼は真っ直ぐ、無表情で見詰め返す美貌の射手を…その先に鎮座する、ゲネポス達が食べ損ねたメインディッシュを鋭く射抜く。傭兵団《鉄騎》の紋章に"百"の文字を刻んだ、男の視線を吸い込むのは…手負いで息も絶え絶えの、巨大な双角竜だった。

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