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「…久しいな、ウォーレン=アウルスバーグ」
「ああ、あの日以来だな…元気そうで何よりだぜ」

 突如現れた剣士の名を、クリオは知っていた。互いが共有する忘れえぬ過去の中に、その名は刻まれている。忌まわしい記憶と共に。当事者達が語らねば、何があったかは誰にも解らぬが。深刻そうな顔の二人を見れば、想像の翼は憶測の空へ羽ばたく。カロンはやっとの思いで立ち上がりながら、後輩の想い人へ良からぬ印象を抱いた。

「あの剣士、もしかして…」
「ヴェンティセッテ君もそう思いますか?」
「ええ、あの紋章…間違い無いですね」
「そう、あの態度と素振りは間違いありません」

 二人の書士は互いに顔を見合わせ、遠巻きにクリオと謎の剣士を見やる。確固たる確信を得た彼等の、得た確信はしかし…残念ながら全く違う物だったが。そうとも知らず顔を見合わせ、ヴェンティセッテとカロンは相手を待たずに口火を切る。そして不幸な事に、勘違いと過ちに塗れた確信…即ち妄想の類が機先を制した。

「カロンさん、あの剣士は…」
「あの剣士はいわゆる、元カレって奴ですね!ふむ!」
「な、なぬー!まぢッスかー!?せ、先輩にそんな人が居たなんてぇ!」

 軽い頭痛と眩暈を覚えつつも、それを訴える相手が居ない。その不幸をヴェンティセッテは呪った。同僚の目には、謎の剣士が何処の誰かという問題よりも…クリオにとってどんな人物かが気になるらしい。サンクに自説を熱く語りながら、その誤った認識を拡大させてゆくカロンを放置して。彼はゲネポス達のメインディッシュだった双角竜に歩み寄った。

「まだ息はある…が、長くは無いか」

 砂漠と言う過酷な環境の中で、ヒエラルキーの頂点に君臨する角竜。成竜になって数十年は生きたであろう立派な個体が今、目の前で最期の時を迎えようとしていた。原因は恐らく、同じ角竜との一騎討ち。その巨躯には、致命傷となった巨大な傷口が穿たれ、渇いた出血が黒ずんで付着している。

「必殺の角で一突き、か…こんな立派な個体が一撃で」
「そう、そこよ!そこなんだよなぁ…ちょっと見てくれよ、書士さんよ」

 気付けばすぐ隣で、件の剣士も瀕死の双角竜を見上げていた。彼は気安い口調でヴェンティセッテを呼びつけ、立てた親指でクイと背後を指差す。丁度クリオが立って、地面を見下ろしてる場所を。カロンならずとも、二人の関係が気にはなったが…書士としての探究心と好奇心が、彼の場合は勝った。言われるままに、クリオの元へ歩み寄るヴェンティセッテ。

「…この足跡を見てみろ。ここから踏み込んで…あの位置へ、だ」
「この距離は…まさか、信じられない!それにこの大きさ」
「だろ?こんなデケェ足跡は、この砂漠に二匹しかいねぇ…そして、だ」

 カロンやサンクも駆け寄り、五人は額を寄せて足元を見詰めた。が、意を察して会話を進める事が出来るのは、謎の剣士と熟練ハンター、そして王立図書院の現地調査員だけ。それもその筈、彼らが論じる足跡など、常人の目には見えないのだから。吹く風に砂が舞い、数多の野生動物か闊歩するこの地でしかし、三人の目にはありありと見える。眼前で息絶えんとする双角竜をしとめた、大いなる砂漠の王の足跡が。

「…閃龍か、あるいは」
「鋭龍か…この大きさなら他はありえない」
「それなんだがよ、お二人さん…そこの御嬢ちゃんと書士殿さんも。あれ見てみ?」

 剣士は再び、今度は既に息絶えた双角竜を指差した。その致命傷となった傷口を。良く見れば傷口は一つ…だが、その直ぐ横に奇妙な痣。鋭利な角で抉られた傷の隣に、巨大な鈍器がぶつかったような痕。一角竜ではこのような傷がつこう筈も無く、通常の双角竜でもありえない。唯一の可能性が事実としか思えぬ今、微かな戦慄が五人に走る。再び日が傾きかけ、哀れな亡骸は沈黙する五人を長い長い影で包んだ。

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