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「さて…お礼ついででなんですが、ウォーレンさん」
「ウィルって呼んでくれ、じゃないとアンタの事も書士様って呼んじゃうぜ?」

 屈託の無い笑顔を向けられ、思わずヴェンティセッテは鼻白む。泣く子も黙る傭兵集団《鉄騎》の百人隊長と言えば、凄腕のモンスターハンターとして恐れられているが。眼前のウォーレン=アウルスバーグには、それに伴う威圧感や覇気が全く感じられなかった。

「…取りあえず、お互いの持ってる情報を交換したい。異論は無かろう?」
「ええ、ギルドと図書院、そして《鉄騎》が把握している現状を統合しましょう」

 もどかしい手際で、今夜の野営を準備するサンクとカロンを見やりながら。三者は沈む夕日を見詰めながら、真剣な表情で並び立つ。ハンターズギルドも王立図書院も、今この砂漠で起こりつつある異変の、その断片しか掴んではいない。では、果たして《鉄騎》ではどの程度の情報を有しているのか?クリオとヴェンティセッテが無言で促すと、ウィルはハイハイ解りましたと言わんばかりに肩を竦めた。

「つーか、その前に。クリオさんよ、ギルドじゃ何でアンタ程の人員を派遣した訳?」
「…鋭龍の目撃例がここ最近、激減している。ギルドでは何かあったと見てるらしいな」

 その銘は既に、幾度も世代を重ねて。若き荒野の覇者、白亜のモノブロスを人は恐れた。常軌を逸した巨躯に、飛び抜けて好戦的な闘争本能。鋭龍の名は、砂漠を行き来するキャラバンにとっては、何よりも恐れるべき災厄…だが、その被害が最近、途絶えて久しい。不審に思ったハンターズギルドはしかし、直接ギルドナイトを派遣する程の根拠も確信も得られぬまま…一人の凄腕ガンナーへクエストを依頼した。

「ほほぉ、ふーん…で、書士様のあんちゃんは?どうよ、そこんとこ」
「ヴェンティセッテです…図書院の調査ではここ最近、閃龍の動きが活発化してて」

 荒涼たる熱砂の大海を統べる、砂漠の暴君…閃龍。竜齢ゆうに百を超えるとさえ言われる、漆黒のディアブロスを、畏怖と畏敬の念を込めて人はそう呼ぶ。隻眼隻角が特徴で、その威風堂々たる巨躯が怒りに震える時、その一撃は閃く稲妻の様に全てを粉砕する。威厳に満ちた高貴なる王…その餌食となるハンターが急増していると聞けば、知を貪る王立図書院の探究心が黙ってはいられなかった。無論、現場に生きる書士隊にとっては尚更。

「…で、《鉄騎》は何を掴んでる?恐らく全てを知っての行動ではあるまい?」
「百人隊長クラスが単独で行動するって事は、つまり根拠が不確か故ですよね」

 クリオとヴェンティセッテの視線が、ウィル一人へと集中する。満を持したように大きく一歩を踏み出すと、彼は太陽を背に振り返った。その不敵な笑みから語られるのは、二人が欲して已まぬ、パズルの欠けたピースの一片。それを埋めて浮かび上がる物が果たして何か、自然と胸は高鳴る。

「いやはや、まさか銘入りが絡んでくるとはね…でもこれで合点がいったぜ」

 結論を急ぐヴェンティセッテを手で制しつつ、先を促すクリオの視線を受け止めながら。ウィルは自分が知る限りの…傭兵団《鉄騎》の情報網が掴んだ仔細を語り始めた。その内容は驚く事に、ハンターズギルドや王立図書院すら知りえなかった情報。同時に《鉄騎》もまた、二頭の銘入りの飛竜に異変が起こっていることを掴んでは居なかったが。
 ここ最近、角竜が一部の地域で激減し、一部の地域で多数目撃されていた。独自の組織的狩猟で糧を得る《鉄騎》は、飛竜の相場や個体数に関する情報の正確さで、ハンターズギルドや王立図書院に並ぶ独自の情報網を築いている。その網に今、謎の異変が掛かったのだ。

「不自然なんだが理由が解らねぇ…いや、解らなかった。今の今までな」
「…砂漠内での角竜の個体数が偏り始めた、か」
「読めた、つまり…鋭龍の縄張りで増え、閃龍の縄張りで減ってる…どうかな?」

 ビンゴ!と嬉しそうにウィルがヴェンティセッテを指差し、クリオも大きく頷く。それが何を意味するかはまだ、明日以降の調査に掛かっているが。徐々にピースが揃い、パズルはその姿をおぼろげながら見せ始めた。

「ヴェンティセッテ君!呑気に話し込んで無いで手伝ってください。私、この手の仕事は苦手で…」

 慣れぬキャンプ設営に根を上げ、カロンが助けを求めてヴェンティセッテを呼ぶ。やれやれと苦笑を湛えて、歩き出した書士の背を見送りながら。口笛吹きつつ後に続く、ウィルを呼び止める声。

「…ウィル、あの日の事を私は詫びねばならな…」
「おいおい、誰も恨んじゃいないぜ?無論レイチェルもな…だからよそうぜ?ルティ」

 一瞬歩を止めしかし、ウィルは振り返らずに再び歩き出した。例え振り向いたとしても、真っ赤な太陽が差し込む逆光で、その複雑な表情は…まるで何かを押さえ込むような表情は、クリオには見えなかったが。

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