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 不毛の砂漠と言えど、熱砂の海が無限に続く訳ではない。オアシスもあれば、砂岩質の岩が切り立つ荒地もある。その地形は日々、転向や季節によって大きく姿を変えるが…昔より地図に記され、今後も変らず存在し続けるものもある。例えば、洞穴の奥にある地底湖がそう。何よりも水が貴重なこの砂漠で、地中深く、悠久の時を湛えた豊かな水源は、今も昔も変らぬ透明度で静かに眠る。

「あわわ、ヴェンティセッテ君!ゲネポスが居ますよ…ここは一つ出直した方が」
「はは、大丈夫さ…水場じゃ襲ってこねえさ。あらよっと!」

 ヴェンティセッテの背に隠れるカロンを笑い飛ばしながら、ウィルは湖面へと続く崖を一息に飛び降りた。彼が言う通り、人間達の鉄と肉の臭いに気付いても、ゲネポス達に襲い来る気配は無かった。野生の動物は水場では狩りをしない…それはモンスターハンターも同じ。

「ま、俺が一応ここで見張ってますから…はい、これ」

 万が一に備えて、ボウガンの撃鉄を引き上げながら。ヴェンティセッテは空になった水筒を差し出す。自分のは勿論、クリオやサンクの物も。受け取るカロンは深い溜息を吐くと、渋々危なっかしい足運びで崖を降り始めた。鼻歌交じりで軽快に先を行くウィルとは対照的に。

「ぷはーっ!生き返る!それにしても意外ですね。砂漠の地下にこんな…」

 たっぷりの水で口をすすいで、次いで冷たい清水で喉を潤して。カロンは一息つくと、改めて周囲を見回した。鍾乳石が垂れ下がる天井は遥かに高く、透き通る湖面の底は果てしなく深い。気が遠くなるような年月を経て、大自然が作り出した神秘…その美しさに思わず見惚れる。図書院に篭って書物を紐解くだけでは得られぬ、体験と感動を伴う貴重な知識。この危険な調査に同行した事を、初めて彼は良かったと思えた。

「他にも何箇所か確認されてるけどな…安全なのはここ位。後は水竜が出っからよ」

 ザバザバと顔を洗い、ポーチから手拭を取り出して。顔を拭きながら応えるウィル。ボウガンを構えて見張るヴェンティセッテは遠く後方で、今はこの場に二人きり…そう、カロンは今、何やらクリオと因縁浅からぬ雰囲気のウィルと二人きりだった。思い切って問い質すべきか?自らに投げ掛けた問いに、心で小さくYesを叫んで、カロンが口を開こうとしたその時。

「ところで、ええと…カロンさんだっけ?アンタ、クリオさんの何なんだ?」

 顔を覆う手拭の隙間から、鋭い眼光がカロンを射抜いた。その質問は今まさに、カロンがウィルへ聞きたかったのだが。突然の予期せぬ問いに、思わず思考が硬直するカロン。何かと問われても何だと答える事もない、ただ後輩の恋人がいかなる人物か気になるだけの…いってみれば御節介なのだが。

「アンタ、ずっとチラチラ見てたよな…クリオさんの事をよ。まるで探るような目で、な」
「いや、あの…ご、ごご、誤解です!別に私にはやましい事など一つも…」
「そうかい?ならいいが、俺はてっきり旧団長派の…って、そりゃねーか。悪ぃ悪ぃ」
「?…いえ、いいんですが。失礼ですが貴方こそ彼女とはどういった…」

 いやなに、昔ちょっとな…そう言葉を濁して、ウィルは前髪を掻き上げる。カロンは確かに、クリオを意識しすぎてはいたが。あらぬ疑いを持たれたばかりか、謎は深まるばかりで。がっくりと肩を落とし、黙って水筒に水を詰めるカロン。

「悪かったな、その…ちょっと訳アリでよ。忘れてくれや、カロンさん」
「いえ、構いませんけど。もし良ければ、聞かせてもらえませんか?是非」

 相手の警戒心を喚起させるかと思われたが、カロンはついつい踏み込んだ一言を発する。ウィルは一瞬、険しい表情で応えたが、直ぐにいつもの緩い表情で笑って。ポン、とカロンの肩を叩くと、一足先にヴェンティセッテの方へ戻り始めた。慌てて水筒を抱え、カロンがその背を追って並ぶ。

「ヴェンティセッテ君に聞いてみな?アイツは知ってそうだし…ケースDの事をよ」
「ケースD?それはいったい…あ、ちょっと、待って下さいよ!」

 ケースD…聞きなれぬ単語を残して、ウィルは軽々と崖を駆け上がる。後を追うカロンは、上から差し出されるヴェンティセッテの手に掴まりながら。自分を見下ろす同僚から、今すぐその言葉の意味を聞きたい衝動を押さえ込んだ。その単語の響きに、どこか禍々しいものを感じながら。

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