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 両雄は全くの互角…当初はそう見えたが。クリオの目には既に、そうは映らなかった。大地を揺るがし大気を沸き立て、激しく巨体をぶつけ合う二匹の角竜。広大な砂漠の覇権を賭けた、銘入同士の壮絶な闘いは、ある種の違和感を熟練の狩人達に抱かせていた。

「角竜最大の武器と言えばもちろん!その名の通り…おや?そう言えば」
「ほむ、そいえばおかしいスね…何故?何故使わないんスか?」
「いや、使えないのさ…今は、な」

 今やカロンやサンクのような、素人が見ても解る。怒りも露に黒い吐息を燻らせ、けたたましい咆哮と共に突進を繰り返す閃龍。しかし、まるで角を交えるのを嫌うかのように、鋭龍はじりじりと退いているのだった。
 角竜にとって最強の武器…それは自らの頭頂部に屹立する巨大な角。大空を舞う術も強力なブレスも持たぬ彼等だが、それはシンプル故に最も恐ろしい攻撃手段である。角竜同士の決闘は常に、正面から角を突き合わせての力比べ。

「…今は?どういう意味だ、ウィル」
「そう言えば…おかしい、あの角!モノブロスの角ってもっとこう…!?」

 ヴェンティセッテが違和感の原因に気付いたのは、辛うじて保たれていた均衡が破られるのと同時だった。一度も角を交える事無く、鋭龍モノブロスの白亜の巨躯が、真っ赤な鮮血を噴出し揺らぐ。激痛に絶叫を上げる若き角竜の、その首筋へ深々と隻角を埋めてゆく閃龍ディアブロス。その勢いは止まらず、鋭龍の巨体を押しやりながら、狩人達が身を潜める高台へと迫る。

「ちょ、ちょっ…うわああ!こっ、ここ、こっち来るッス!」
「そんな事よりヴェンティセッテ君、説明の続きを…もう、引っ張らないで下さい!」

 白と黒の巨体が、土砂を巻き上げ突っ込んで来る。あたふたと慌てるサンクを他所に、狩人達は冷静にその場を退避しようと身構えた。ただカロンだけが、取り憑かれたように状況の記述をやめようとしない。すぐ眼前に死が迫り、その影が日光を遮り我が身を覆っても。

「カロンさん、もういいですから!このままじゃ…」
「いんや、逃げる必要はねぇ…見ろぁ!」

 ダン!と大地を踏み締め、ウィルが見栄を切って指をさす。その瞬間、迫る巨大な肉の壁がピタリと静止した。未だ閃龍が唸りをあげて地を蹴り、全力で突進しているにも関わらず。それを上回る力が地面を掴み、濁流の如き荒ぶる力を圧し留めたのだ。紅に濡れた白き角竜の、滾る血潮が真っ赤に燃える。
 五人は皆、耳を塞いで地に伏した。自慢の一本角を天に翳して、高らかに吼える鋭龍。そのタテガミに真紅の紋様が浮かびあがり、全身の傷口は鮮血を吹き上げる。その時サンクは活目し、ウィルは己の予測が確信へと変わるのを感じた。照り付ける陽光を反射するのは、白亜の鋭角より削り出した剣。自らの懐深く、自らの血肉を餌に閃龍を誘い込んだ鋭龍は…大きく首を巡らせると、必殺の刃を振り下ろした。

「っしゃぁ!今だっ、切り裂けぇぇぇえっ!」
「ばっ、馬鹿な…そんな事って」

 悲鳴にも似た絶叫の中で、白亜の剣が渇いた音を立てて折れた。漆黒の甲殻を切り裂き、その傷口から多大な出血を強いながら。肉を斬らせて骨を断つ…遥か遠く、シキ国の格言を思い出し…拳を握り、一人盛り上がるウィル。彼の背中を呆然と眺めつつ、ヴェンティセッテは血の雨を浴びて絶句。もはや人智を超え、想像しうる全てを凌駕した闘いが目の前で決着した。カロンも既に筆を止め、ピクリとも動かない。

「…終わった、のか?」

 深手を負った閃龍は、それでも果敢に抵抗し、隻角を抜くと地中へ潜る。唯一にして最大の切り札を使い、それを失って尚…鋭龍も後を追って砂煙を上げる。両雄は瞬く間に地中へと姿を消し、闘争の空気は一瞬にして静寂へと変わる。鋭龍の折れた角だけが、ゆっくりと回転しながら宙を舞い、音も無く熱砂の大地に突き立った。

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