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「終わった、な…さーて!帰るとしますかぁ」
「見てくださいヴェンティセッテ君、凄い…これは凄い記録ですよ!」
「というかカロンさん、当初の目的を忘れて…ま、いっか」

 捨て身の一撃は、閃龍に致命傷を与えたに違いなく。同時に、自らの象徴であり最大の武器でもある角を、鋭龍もまた失ったのだ。大自然の摂理に明確な勝敗など無く、強いて勝者と敗者を別つ概念があるとすれば…それはただ、生き残る事かもしれない。どちらがこの先も生き長らえるか、それは誰にも解らないが。
 勝者も敗者も居ないまま、決闘は幕を閉じたかに見えた。既に傾きかけた太陽を浴びて、決戦の場は静寂に満たされて。つい先程までの、巨大な飛竜同士の闘いが、急激に現実味を失ってゆく。まるで白昼夢でも見ていたかのようで。誰もがしかし終わりを認めて、帰り支度を始めた。サンクを除いた誰もが。

「せっ、せせ、せ…先輩っ!自分、ガンナーやめるッス!んで、んで…」

 サンクは決心した。鋭龍の一撃に感化されて。師でもあるクリオの周りで、彼女は胸の内より沸き起こる新たな決意を騒ぎ立てる。その声にいちいち優しく頷くクリオ。ハンターにとって大事な事は、常に何であれ…最終的には自分で掴み、自分で決めるしかない。知識は習得でき、経験は年月を積むことで得られるが。本当に大事な事は、誰も教えてはくれないのだ。

「やれやれ、お嬢ちゃんはやっと気付いたか…ありゃ、どう見ても剣士向きだろ」
「気付いてましたね、ウィルさん。あの子の事も、鋭龍の角の…いえ、剣の事も」

 さてね、と惚けながら。ヴェンティセッテに曖昧な笑みを返して、ウィルは肩を竦めた。彼自身、生粋の剣士なれば…同じ才を見抜くのは容易い。何より、ガンナーでは気付き得ない事も、剣士の視点で拾う事が出来た。毎晩、風に乗って響く謎の摩擦音…それは鋭龍が、激痛に耐えつつ自らの角を剣へと研ぐ音だったのだ。

「それよか書士さんよ、あれはどうかな…ちょっち、いただけねぇな」
「え…あ、ああー!?カ、カロンさんっ!何してんですか、ちょっと…」

 ウィルが無精髭の目立ち始めた顎をしゃくり、その方向をヴェンティセッテは注視して。彼は思わず驚きの余り、同僚の名を叫んで駆け出した。はしゃぎじゃれ付くサンクの頭を撫でながら、クリオも驚き言葉を失う…彼女の目に映るのは、危なっかしい足取りで高台を降り、大地に突き立つ鋭龍の角へ近寄るカロンの姿。

「…無理もない、か。書士殿はお前と違って、狩場に馴染みが無さそうだしな」
「うーん、狩りの掟位は知ってると思ったんですけど…カロンさん!駄目ですよ!」
「後はこれを持ち帰れば…しかし凄い、正に研ぎ澄まされた刃、とと、とぉ!?」

 自らの顔が映り込む程に、砥ぎ磨かれた白亜の剣。それを貴重な研究資料と見て、回収しようと試みたカロンだったが。突如、大地が激震に揺れた。まるで、狩りの掟…自ら狩り得た物以外、持ち帰るべからず…その不問律を破った者を罰するように。カロンの眼前で土砂は巨大な柱となって屹立し、白亜の巨躯が浮上した。

「なる程、地下でまだ闘っていたのか!んで、勝者はどうやら奴らしいな…ん?」

 腰を抜かしてへたり込むカロンを見下ろし、そのすぐ目の前に浮上した鋭龍へ目を細めて。しかしウィルも他の者も、異変に息を飲み、そのまま呼吸を忘れてしまった。鋭龍の眼に既に光は無く…その巨躯を中心に、ドス黒い血が大地へ染みてゆく。そしてまだ、大地は激しく震動していた。
 劇的な瞬間を前に、誰もが眼を疑った。鋭龍の遺骸が突如宙を舞い、遥か彼方に轟音を響かせ埋葬された。鮮血を大地に染み出しながら、急浮上した閃龍の一突きによって。真っ赤な大地を踏み締め今、真の勝者がカロンの前に、満身創痍のその身を曝して立ち上がった。

「あ、あわわ…」
「チィ!すげぇ殺気だ…眼を逸らすな、逃げれば殺られるっ!」
「…サンク、こいつを持ってろ!」

 双剣を手にウィルが身構え祈りを呟き、ヴェンティセッテが覚悟を決めて弾薬を装填するより早く。クイックキャストを放り出すなり、クリオは真っ先に飛び出していた。

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