銘入…それは龍の銘を冠し、古龍種にも匹敵する危険な飛竜の個体。ギルドの猛者も王立図書院の書士隊も、口をそろえて恐れ敬う。触れてはならぬ禁忌のケモノ…その脅威はもはや災害、天の意思。神格化された暴君達の力を前に、人々はただただ耳を塞いで目を瞑り、その災厄が過ぎるのを待つ。 『あ、あわっ、わわ…どど、どしよ先輩…うごご、ごっ、動けないッス!』 『…サンクッ!目を反らすな、食われるぞ。今行く、行くから…目を反らすな!』  だがしかし、あえてタブーに挑む者が居る。その身一つで財を成し、獣を糧に生きる者達…モンスターハンター。我が身に宿る力のみを信じ、祈りも願いも持たぬ彼等彼女等は、武器を携え銘入の飛竜へと挑むのだ。もはやそこに畏怖も信仰もありはしない。銘入の飛竜とは即ち、強大な暴力の結晶であり、竜を超え龍に並ぶ存在。純粋なチカラは大自然そのものであり、その一部。そこに人間の想像力など、挟む余地も無い。 『ひっ…せせ、先輩…う、うう、腕が』 『…掠り傷だ、落ち着け。もう終わったんだ…サンク?「サンク…』こるぁ、サンクー!おきろー!」  ぱかーん、と小気味良い音が響く。メル=フェインが蹴り飛ばしたサンクの頭部は、まるで空洞を内包するかのように軽い音を立てた。ややあって痛みが覚醒を促し、山猫亭の床からゆっくりと立ち上がる。眠気と酒気を払いながら、しきりに瞼を擦るサンク。ここはメリーF地区4丁目、山猫亭。 「先輩の腕が…ふえ?夢ッスか。あ、めるめるオハヨーッス」 「もう昼過ぎ…仕事引き受けてるんでしょ?早くおーきーろーっ!」  着の身着のままの鎧がガシャガシャ鳴る。メルはそれでも構わず、寝ぼけたサンクを揺すり続けた。相変わらず酔いつぶれては床で寝る、だらしのない生活を続けるサンク。だが、そのいでたちは以前とは比べ物にならぬほど立派なものになっていた。あくまで見た目は、であるが。ランゴスタの羽と甲殻を紡いだ、揃いの甲冑に兜と篭手、具足。粗末な竜骨の剣も今や、炎を纏う紅の翼にまで鍛えられている。 「あいあい起きた、起きたッスよ…今日は大事なクエストの日スからね」  景気付けに呑んだ酒の酔いも、今は既にその身より消え失せた。決意も新たに立ち上がる少女には、もう迷いも甘えもありはしない。弱いなりに、臆病なりに…僅かに成長したサンク。そんな彼女が待ち望んだ依頼が、今掲示板へと張られている。無論、仲間を集うつもりは無い。メルやイザヨイ嬢、ツゥやブランカ女史でさえ。  人々が抱く銘入への幻想…それは上流階級であるほど美化され偶像となる。権力者は挙って生きた銘入の所有を望み、多額の報奨金で命知らずへ呼びかける。生きたまま銘入の飛竜を捕獲せよ、と。そしてその無意味な顕示欲は、狂暴凶悪な焔龍へ…無謀にして無茶とも言えるこの依頼、受ける理由を持つ者はサンクしかいなかった。無謀にして無茶だが、決して無理ではない。 「んじゃ、行って来るスよ。めるめるも今日は御仕事ッスか?」 「そだよ。いっちゃんとツゥさん、ブランカさんと捕獲。今から依頼人に会うの」 「ほむ、めるめるファイトっすよ?今日も頑張って稼ぎまっしょい!」 「それ、めるの台詞…頑張らなくていいから、危なくなたら逃げれ。ええね?」  頷く事無く手を振ると、扉の外へサンクは消える。その姿が陽光へと溶けて行き、その足音も聞こえなくなった。大剣を担いで樽を持ち、薬品各種と食料を携え、遂に焔龍リオレウスとの決戦に挑む。飛竜の捕獲は討伐とは違い、極限までの戦闘を強いられる事は少ない。が、飛竜を弱らせ落とし穴へ誘い込むのは至難の業。いつになく不安げに、それを悟られぬよう口を尖らせ見送るメル。その肩を温かな手が包む。 「だいじょぶ、メル…サンちゃん殺しても死なないから。それよりほら、依頼人が」  イザヨイに振り向けば、既にツゥもブランカも集まっている。初秋の午後は未だ長い…日はまだ高きを巡りながらも、急かされるようにようやく傾き始めていた。サンクの一番長い午後が、もうすぐ森で、丘で幕を開ける。その宿命の対決に想いを馳せつつ。メルは極めてプライベートな依頼を受けるべく、隻腕の依頼人と共にテーブルを囲んだ。