「おつかれー、偉い偉い。サンクも強くなったもんだねぇ…最初はヘタレだったのに」 「うんうん、サンちゃん成長したね…武器とか防具が。あ、勿論中身もね?」  満身創痍の疲労困憊。加えて酷い空腹。それでもフラフラと、サンクは千鳥足で歩を進めた。メルやイザヨイに導かれるように。地平に身を沈めた太陽は今、その残滓で少女達を真っ赤に照らす。乾いた血糊が風に煽られてパリパリと剥がれた。  焔龍の巣へと踏み込んでからの事は、実はあまり良く覚えていない。目を瞑れば浮かぶ断片…主の不在に卵を狙うランボスや、怒りの咆哮で剥がれ落ちる岩盤の破片、狭い中を飛び交う紅蓮の吐息。暴君の玉座を真っ赤に染めて、サンクは無我夢中で剣を振るった。 「ウホッ、帰ッテキタナ。さんくタン、肉焼ケテルゾ、肉…食ウカネ?」 「それより早く素材を剥ぎなさいな…完全に日が落ちちゃうと見えないでしょ」  今はもう、ただの肉塊となった焔龍の尾先。それを囲んで珍しげに眺めながら、ブランカとツゥがサンクを出迎えた。斜陽の光りに輝く鱗の光りが、赤熱色に波打ち解体されるのを待つ。それに手に掛けて良い者は一人しか居ない…この尾を切り落とした張本人しか。  悲願は達成され、サンクの仇討は成就を遂げた。断末魔にも似た絶叫と共に、何処へとも無く逃げ出した焔龍リオレウス。最後に羽ばたく翼も爛れ、その巨躯を壁に擦るように歩き…ハンターの罠へ向けて。無意識の内にサンクは、弱りきった獲物を罠で絡め取り、麻酔玉で深い眠りへと誘ったのだ。西シュレイド王室より依頼された焔龍リオレウスの捕獲…その難関をついに、彼女は乗り越えた。仲間達に見守られながら。 「ささ、はやく剥いだ剥いだ…むふ、逆鱗出たらちょーだい♪」 「あらあら、メルは稀少素材には興味ないんでしょ?ほら、サンちゃん…早くっ」 「焦ルト失敗スルゾ?ユックリ急ゲ、さんくタン」 「鱗や甲殻もいいけど、尾そのものも素材になるの…さ、早く」  仲間達が祝福する。その短く小さな花道を、サンクはフラフラと歩んだ。捕獲されたリオレウスは、この後は第三王女のペットになってしまうらしい…だが、この尾は紛れも無く勝利者の物。 「うう、これもみんなのお陰ッス!どれ、それじゃー剥ぎ…お?おお?…おわーっ!」 「はい、終了。やっぱ捕獲の基本は…弱らせることよね」 「これも大事なお仕事なの…サンちゃん、ごめんね?」  親愛なる先輩の右腕の、その憎き仇の焔龍リオレウス。奴も同じ気持ちを味わったのだろうか?こうして落とし穴へと落ちるのは、あまりいい気分ではない事は確かで。突然の出来事に転げ落ちたサンクは、落とし穴の底で大の字に天を見上げていた。丸く夕焼け空を囲う淵から、五つの顔が彼女を覗く。ここに今、もう一つの捕獲クエストが終了した。 「な、なな…何するッスかぁ〜…駄目ス、もう力がはいんねス…」 「…どうした?這い上がる気力も無いか。まだまだだな、サンク」  突如予想だにせぬ懐かしい声。メル達の依頼者らしいその影は、風に揺れる右袖を振りながらサンクを見下ろしていた。あまりに唐突な再会に、搾り出す言葉が見つからない。代りに溢れる涙は、とめどなく頬を濡らした。あと鼻水も。 「…最後まで気を抜くな。これが私がお前に授ける最後の教えだ。強くなったな、サンク」 「ふぇ、ふぇんぱーい!じ、じっ、じじ、自分…ズビー!」 「…泣くなサンク。早く上がって来い…ほら、つかまれ」 「さ、最後だなんて言わないで…言わないで欲しいスよ〜、えぐっ」  差し出された左手を握る。甲冑を着込んだ大柄なサンクが、軽々と左腕一本で引き上げられた。腕一本失くしたくらいでは、何も変わりはしない…厳しくも優しい眼差しは、紛れも無く大先輩のクリオ。別れてからまだ数ヶ月程なのに、もう何年も会ってないような。それでも昨日と変わらぬような。 「…年が明けたら、私は母親になる。もうココット村を出る事もないだろう」 「へ?…えぇー!せ、せせ、先輩っ!計算が合わないッス!」 「…う、うるさい。兎に角…お前はもう一人前のハンターだ。そうだろ?」 「だ、駄目ッスよぅ〜!今日だって自分、一人だったって訳じゃ…」  顔中くしゃくしゃにしてクリオに抱きつくサンク。彼女は、イザヨイがハンカチを出すなり、それを引っ手繰って鼻をかんだ。呆れながらも顔を見合わせ、皆が安堵の表情で微笑んだ。呆れるブランカも、肩を竦めるツゥも。大きく頷くイザヨイも、僅かにもらい泣きしたメルも。 「…サンク。お前の闘う理由も、お前が頼るべき人間も…もう私じゃないんだ。解るか?」 「わ、解んねーッスよ!自分まだ、全然一人前じゃ…ねッス」 「…解らないならサンク、その目で見てみろ。振り返って、な」 「ほえ?」  振り返れば仲間が居る。陽光の残滓を背に受け、迫る夕闇へと長い影を落す四人のハンター達。頼るべきは仲間…各々が自らに闘う理由を課した、この世界で最も無謀で勇敢な者達。サンクは今、間違いなくその一人になったのだ。去り行くクリオと入れ違いに。  今では無い時、此処では無い場所。野生と自然の僅かな隙間に細々と、しかし逞しく人間の生きる世界。骨と鉄を意思が支配し、血と肉を力が貪る…残酷で美しいこの世界。今より貪欲で、此処より強かな本能を持つ人々は、絶える事無く子を生み育て、業と英知を次代へ繋ぐ。今より確かに、此処より厳しく。それを人は「生」と謳った。