「どうぞー、って私の家じゃないんですけど。ささ、遠慮なくー」  恐らく以前のそれは、牧畜用のサイロか何かであろう。一人暮らしの少女ハンターにしては、立派過ぎる位の大豪邸。その入り口は冒険心に富み、個性的という言葉では言い表せない。ゼノビアは梯子によじ登ると、もともと天窓だったドアを開け放った。 「お邪魔しまする…ほむむ、ステキなお住まいでするねぇ」  最上階が玄関の、大きな吹き抜けの家。頑丈な石壁の内側は、いたる高さに半円状の中二階が。角度をずらして自分勝手な高さで、どれも必要な時に増設しましたと言わんばかり。ゼノビアは慣れた足取りで床板を伝い、暖炉のある最下層まで降りてゆく。ラベンダーもゆっくりと後に続いた。 「水はそこ、はい桶…足洗ってー、あとはー、ああそうだ明かりを…」 「おかまいなくでする。うわ、天井高いでするねぇ」  リビングのある一階は広く、水回りが集中してるにも関わらず、ゆったりとした空間が広がる。寝室や収納スペースは全て上で、そのどれかにゼノビアも厄介になっている。ランプの明かりが灯るころには、すっかり外は暗くなっていた。それが解ったのは、思った以上に採光が考慮された家だから。今はうっすらと星明りが差し、小さな影を浮かび上がらせている。 「でんこさんはずっと、この家に一人で暮らしてるんでするか?」 「育ての親の、叔父様の人は…もう居ないんですよぉ。で、今は一人…と、一匹かな」  小さな影は板間の影から、羽ばたきを響かせ舞い降りてくる。今日は機嫌がいいのだろうか?小さな雌火竜はゼノビアの頭にズシリと載ると、遠慮の素振りも見せずに餌を強請る。ちょっと前までは一人で出歩き、覚えたての狩りで食事を済ませていたのだが。トリムの小さな相棒は最近、サイロの御城に篭りっきり。 「わわ、これが噂のシハキさんでするね…こんばんは〜」  不用意に手を伸べるラベンダーに、思わずハッとするゼノビア。自分にも経験があるから…小さな碧色の飛竜は、決して飼われている訳では無い。愛くるしさに触れようとして、痛い目を見るのはもう何人目だろうか。だが、ゼノビアが注意を促すより早く、シハキは一声弱々しく鳴き…小さな翼を急かせて飛び去る。まるで来客を拒むように。 「あららー、珍しい…ん、でも何だろ…このリアクション、前にもどこかで…」 「嫌われちゃったでするかねぇ?どっこいしょ、っと」  肩を竦めて苦笑しながら、少女は荷物をドスリと降ろす。僅かに柄が覗くそれは、恐らくハンター用のハンマー。いわくありげに白い布で巻かれ、その種類は窺い知る事は出来ないが。この手の武具は大した事ないか、とびきりの秘宝に決まっている。もっとも、ゼノビアは全く興味をそそられないが。 「ま、気にしないで〜?でも気をつけて、ちゃんと立派にでんこの相棒なんだから〜」 「あと、家族?でするかね?今は…叔父様が居なくても寂しくないでする」  声のトーンが少し落ちた。意味ありげに視線は周囲をなぞり、見る物全てが思い出の品と言わんばかり。ランプの明かりに慣れたラベンダーは、家のそこかしこに無造作に飾られた、普通では手に入らぬ品々に眼を細めた。恐らく、この家に住むトリムすら、その真の価値には気付かぬだろう。どれも危険な飛竜から稀に剥げる…この世に二つと無いであろう遺品。 「あ〜、叔父様の人は御達者ですよぉ?世界中飛び回ってて行方知れずですけど」 「あ、あれ?そでするか!?あわわ失礼…早とちり。ナイショにしといてでする」  ポットに水を汲みながら、あっけらかんとゼノビアは語る。先走った妄想に気恥ずかしさを感じて、ラベンダーは小さく舌を出した。話の流れ的には、育ての親はもうオホシサマ…でも違和感は無いが。トリムの叔父上は今も、世界のどこかを探求中である。この広くて豪快な御殿も、根っからの冒険野郎には狭すぎた。 「まぁ、そうでなきゃ…でんこはあんなに頑張れないですよー」  葦を編み込んだ椅子から立ち上がり、ゼノビアは暖炉を火掻棒で突いた。勢いを増す炎に照らされ、彼女の言葉が大人びる。二人は正に今、トリムがココットのハンターであり続ける、その理由に立っていた。 「もしかして、でんこさんがこの村を守るのは…」 「そそ、この家があるから。この家が、大事な人の帰るべき場所だから…かなぁー?」  何時かひょっこり、その人物は顔を出すかもしれないのだ。幼いトリムの思い出と同様、世界各地の名産品とガラクタを背負って。この家に帰ってくるのだ…いつか絶対、確実に必ず。トリムが待っている限り。例えこの地が古龍に踏み潰され、草木も生えない荒野となっても。 「…なら、守るしかないじゃない?ねぇー」  ポットが湯気を噴出し、ゼノビアは東洋の急須を片手に席を立つ。シキ国伝来の品は世間では珍しいが、この家では何が置いてあっても驚かない。この家の小さな主を待ちながら、二人の客は微笑み合った。 「この村じゃ、ちょーっとアレコレ重みが違うみたいでするねぇ」 「そそ、そこがまた居心地いいんだけどー、ねぇ?」  守るっきゃないね…そう言って互いに茶をすすり、暖炉を囲んで主人を待つ。二人の少女ハンターを幼竜だけが、身を縮めながら見守っていた。