「ソ、ソフィさん?…」  呆気に取られるブランカの口から、その名が周囲へ明かされる。ただ一言でハンターズ全員を制し、ブランカの早撃ちを瞬時に止めた女。彼女は笑みを絶やさず周囲を見渡すと、傍らの大剣より白い布を取り払った。しなやかな細身の身体に纏われる、それはハンターズギルドの紋章をあしらった純白のマント。 「ギルドナイト、ソフィ=レッドアイの名において…狩人達よ、武器を収めなさいっ!」  静まり返った一同は、そろって息を呑んだ。その呼吸音が聞こえる程。ややおいて皆が皆、互いに顔を見合わせながら武器を収めた。ギルドナイトの言葉は、真っ当なハンターにとっては絶対。ハンターとギルドの利権をあらゆる外圧より守るため…ハンターズギルドの切り札であるギルドナイトには、あらゆる権限が付与されている。ブランカも手の内の汗に気付いて、静かにボウガンを下ろした。 「よしよし、みんなイイ子です…っと、忘れてた。はーい、取ったげますよー」  その凛とした立ち姿だけでも、周囲を圧倒する存在感。だが、皆に次の言葉を期待させるも…ソフィは背を向け屈み込むと、剣を縛る封印の札を剥がし始めた。第二王子の眉だけが、再び小刻みに痙攣を始める。無論、ソフィはお構い無しのマイペース。緊張感を促すブランカでさえ、言われて渋々封印解除を手伝い始めた。解読不能な文字が躍る札は、剥がす度に剣の息吹を呼び覚ます。 「ほ、ほう…ギルドナイトのお出ましかね?しかしまさか、王国と事を構えヒッ!」  ダン!突如立ち上がったソフィの剣が、王子の鼻先へ突き付けられた。見守る誰もが、その挙動に反応すら許されない。王子自身が自らのガードと語った者達は、剣の柄に手を置くことすら適わなかった。一瞬送れて純白のマントが靡き、周囲にどよめきが走る。切っ先逸らさず王子を睨んで、一転して険しい表情のソフィ。その真紅の眼が真っ直ぐに王子を見据えた。 「狩りの掟を守るのがギルドのハンターなら…ギルドのハンターを守るのがギルドナイト!」 「無宿無頼の無法者が、掟だの法だの笑わせるっ!一体ハンターの何を守ると言うのか!」  尊厳、よ…そう呟いてソフィは、軽々と巨大な剣を翻す。重さを微塵も感じさせぬ、優雅とすら思えるその挙動。再び床に突き立てられた剣は、振るい手の静かな怒りに呼応して震えた。改めて見るその刀身は、何かの鱗を無数に連ねた刃。薄暗い砦の最下層で、ランプの光を受けて七色に輝く。 「みんな、見て頂戴。このドラゴンマサクゥルは、老山龍の鱗から作られているわ」  視線が剣へと殺到する。ハンターズギルドが秘蔵する、太古の竜人族が残した遺産。飛竜を裂き古龍をも屠る魔剣。老山龍の逆鱗を用いたドラゴンキラーは、火竜の逆鱗を大量に使って強化され…その威力は、凱龍討伐用にクエスラへ貸与された時とは比べ物にならない。 「ばっ、馬鹿な…古龍の素材を用いた武具など…ありえんっ!」 「恐らく本物でしょう。学術院に文献がありましたが…実物を見るのは私も初めてです」  スペイドは眼鏡をかけ直し、その刀身を食い入るように見入る。噂は本当だった…ハンターズギルドがギルドナイトを設立した真の理由。ギルドの自治を守り、ハンターズの規律を正す傍らで。ギルドマスターは備えていたのだ。古龍の襲来へと。屈強なハンター達を召抱え、世界各地より対古龍用の武具を集めて。 「嘗て人は古龍さえも倒し、その鱗で剣を打った…今の私達でも、その脅威に立ち向かえるように」 「旧世界の文明なればこそ、だっ!今の我々に何が出来る…異能の血に頼る以外何がっ!」  王子はもう、邪な野望に溺れた自分を隠そうともしない。突如イザヨイの腕を乱暴に掴むと、自らの盾とするように抱き寄せた。異能の血…その言葉に一瞬、過剰な反応を見せるイザヨイ。自らの身を流れる真っ赤な血が、仲間達ともし違うというなら。それが何なのか、真実を知りたい。例えそれが、過酷で残酷な現実だとしても。 「わ、私は…私の血?」 「そうだ!大蛇丸家の血は嘗て、龍脈を見極め龍を使役した…その力!その血!」  遥か昔、シキ国を追われた八つの血筋…八岐宗家。彼等は大蛇丸家を中心に団結し、薄まりつつある異能の力を用いて財を成す。龍脈を探り当て、その恩恵を操る事で。龍脈とは、大地を走る見えない氣の流れ。龍脈に沿って周遊する老山龍は、そこより吸い上げる氣のみで自らの巨躯を維持すると聞く。その秘めたる力は絶大。農耕、放牧、さらには交易から軍事に到るまで。八岐宗家の先人達は、次代の為に…自らの呪われた力で、異国の地に礎を築いたのだ。 「なるほど、先ずは老山龍を利用して王都ヴェルドを壊滅させ、大蛇丸家の血でその脅威を払う」 「ただし、事前に王族は根絶やしにしておく…ほぼ全騎士団が砦に出払ってる今のうちにね」 「ツマリ、東しゅれいどノあさしん達ヲ率イテ、手薄ナ王城デ…ウホッ!暗殺三昧」 「んで、証拠はぜーんぶラオラオが踏み潰してくれる、って計画ッスね」  スペイドが謎を紐解き、ソフィがその陰謀を白日の下へ曝す。だが、それを要約して解説したのは意外な人物。ブランカが聞き慣れた声を探せば、二人は端のテーブルに陣取り…呑気に肉をカッ喰らっていた。忘れ去られた差し入れの酒は、全部蓋が開いている。サンクとツゥは、一連の騒動を肴に、取り合えず目の前の酒と肉を貪り食っていたのだった。 「え?あ、いやぁ…途中で親切なオバサ…げふん、このオネーサンに拾って貰ったスよ」 「走竜ノ脚ナラ半日ダワナ…みながるでカラ砦マデ。俺ァモウ乗リタクネーケドナ」 「!?…………………………………………あ、あああ、あっ…姉上」  行儀悪く食い散らかす二人の間に…金色に輝く甲冑の騎士。静かに杯を置くその人物が立ち上がると、王子は絶句したきり固まってしまった。イザヨイの華奢な肩を、爪が食い込むかと思われるほど強く握りながら。