「人、増えましたねぇー…あっ!あの折れ折れランスの人は見た事ありますよぉ」 「トキオ=ランドールさんでする。あの槍、ああ見えて凄い威力でするよ?HRは18」  時よ暫し巻き戻れ…遥か彼方の砦で、今だ龍眼の少女が目覚める前へ。まだ日が落ちる、その前へ。 「あの人はデフ=スタリオンさん。HR12ながらも、火竜退治を専門に請け負うハンターでする」 「ウニさん詳しいね。オレ、ココットで外のハンターをこんなに見るのは初めてかな」  少女達は村の入り口に座り込んで、疎らながらも途絶えない人の列を眺めていた。真っ赤な夕焼けを背に、一人また一人と集まってくるハンター達。その服装も様々で、遥か辺境の地より赴いた者も居る。出迎えるフリックは一人一人と固く握手を交わし、その肩を叩き合って再会を喜ぶ。人脈の広さと、何よりその絆の深さには感心させられるばかり…僅かな援軍だが、今は何よりも心強い。 「いよいよ明日ですねぇー…早ければ今夜未明にもって話ですけどぉ」 「うん。やれる事はやったんだ、後は決戦に備えて充分に休まないと」  フリックが指示した作業は、先程滞り無く終了した。後はただ、天命を待つのみ…とは行かないが。待つべき幸運からも奇跡からも、既にこの村は見放されているから。それに、座して待つ者はもう、この村の何処にも居ない。まだ準備が終わっただけ…充足感を感じてはいけない段階。今から僅か十数時間後には、強大な古龍と戦わなければならない。それぞれの想いを胸に、少女達は立ち上がり家路につく。 「ほろ?竜車でするね…何か運んで来たみたいでする」 「あらー、何でしょー?あ、ひょっとして対老山龍のキリフ…!?でんこ、あの人っ!」  ゼノビアが指差す先へと、咄嗟にトリムは走り出して居た。二頭の草食竜が牽く竜車から、一人のハンターが飛び降りたのを見て。地平線へと沈む夕日の、最後の残滓を纏うその姿。逆光に浮かぶは、白銀に輝く火竜の鎧。 「やっぱり…やっぱり帰って来たんだ!おかえりっ、サンクさ…」 「ちょい待ち、でんこ」  感動の再会は突如、メル=フェインに引き止められる。違う地区の作業を一足先に終え、恐らく風呂にでも入ってたのだろう…濡れた金髪もそのままに、ゆったりと寛いだ服装の少女。彼女はトリムを引き止めつつ、不思議そうな表情の女ハンターを凝視した。改めて睨むまでもなく、その顔は良く見知ったものだったが。 「んー…解った。四番目っ!」 「ええと、ええと…ブーッ!残念でした、アタシは…ひ、ふ、み…三番目だよっ」  ビシリと指差すメルを前に、銀火竜の女は指折り数え始めた。ややあって自分が三女だと告げた時には、トリムも事情を飲み込み始める。彼女達は世にも珍しい七つ子で、髪の色以外は全て同じ…確かに良く見れば、兜から覗く前髪は金髪。 「ティアスや、先に荷を降ろしておく…おお、メル=フェイン!そっちはでんこちゃんじゃな?」 「そだよ、メルだよ。おっちゃんは…ああ!解った!懐かしいなぁ…で、誰だっけ?」 「むい、誰だっけ…うちの叔父さんの知り合いだったような、そうでもないような…」  続いて竜車から降りてきた老人は、メルとトリムを懐かしげに見渡した。二人に共通する事と言えば、ココット村の生まれである事くらいか。サンクの姉と共に現れた老人の正体はしかし、直ぐにフリックによって明かされる。ティアスと共に居る事が、何よりも如実に素性を語っては居たが。 「博士!クラスビン博士っ!戻ってらしたんですか?何もこんな時期に…」 「おうおう、フリック坊やが困ってると聞いてな。その困り顔を見に来た訳だ」 「あー、サンク達のおとーさんか」 「思い出した、昔ちょっとだけココットに居た…叔父さんの飲み友達だ」  既にもう事情がチンプンカンプンな上に、サンクと同じ顔のティアスに混乱しながら。ラベンダーにゼノビアはあれこれ根掘り葉掘り聞き出す。ハンターに関する情報は愚か、狩りに関わる全てを知るかのような、そんなラベンダーは語った。大陸で一番の龍撃槍職人、七人姉妹の父親であるルミロン=クラスビン博士の事を。 「また意地が悪い…でも助かります。博士は邪魔ですが、御嬢さんが加わってくれれば…」 「相変わらずハッキリ言うのぅ、フリック坊や…が、コイツを見ても邪魔といえるかの?」  巨大な荷物が竜車から降ろされ、巻かれた布が取り払われる。そこに現れたのは、重厚な黒光りを湛えた鋼の魂…古龍をも貫く龍撃槍。素人が見ても解るその質感…間違いなく、現存する中でも一、ニを争う業物。職人が心血を注いだ最新作は、まるで鼓動を持つ生き物であるかのように佇んでいた。 「王都に若いが腕のいい奴が居ての…手伝わせた。学術院なんかに居るのが勿体無いわい」 「こっ、これは…博士、いいんですか?砦なら国家予算の一割を払いますよ、これ一本に」 「白い魔女には売れんな。見たいんじゃ、コイツが老山龍を貫き引き裂き、砕き打ち倒す様を」 「す、凄い…まるで原石の命がまだ生きてる感じ。オレも見たいっ!」 「じゃろ?でんこちゃんは解る子じゃのぉ…うちの娘っ子やカミサンと大違いじゃ」 「これはマカライトじゃないでするね…ドラグライトとユニオンの合金でするか?」 「うむっ!王都の工房では合金化が可能でな。竜人族の錬金術とやらも侮れんわい」  たちまちハンター達が集まり、人だかりが出来て騒ぎとなる。誰もが新機軸の新型龍撃槍を賛美し、その無骨ながらも美しい鋭角に見とれる。異邦の狩人達もまた、その珠玉の出来に満足気に唸った。並みの武器ならば傷すらつかぬ、幾星霜もの時を重ねた古龍の甲殻。それすらも間違いなく貫くだろう。人の英知は時として、未知なる脅威をも退ける力となる。 「よく解らないけど、凄いですねぇー!…で、どこに取り付けるんですかぁ?」  気の早い戦勝気分が失せた。場の空気が凍りついた。ゼノビアのたった一言で。皆が皆、ただただ薄ら笑いを浮かべるほか無い。博士はもう、呼吸も鼓動も止まっていた。ココットには取り付ける設備も余裕も時間も無いと、ラベンダーの断言が追い討ちを掛ける。 「…あ、そだ。村長がみんな呼んでたんだった。広場にあつまれー、だってさ」 「むい、んじゃ行こ行こ…ティスねーさんも行こうっ」 「よし、全員広場へ集合っ!あ、博士。それ片付けといて下さい。博士以上に邪魔です」  メルが抜け、トリムが続く。誰も彼もが、何も見なかったように振舞って立ち去った。哀れな姿で固まった父親を気に掛けつつ、ティアスは少女達に押されて広場へと向かう。だが、哀れな老人に声を掛ける人物が僅かに居た。その声は竜車の荷台から。 「キヨ様、付いたみたいですよ…キヨ様?どうしましょう、全然起きる気配がありません」 「ある意味大物だよね、この状況で爆睡出来るって…ふぅ、ここがココット村か。いい村ですね、博士」  少年達は一歩を記した。縁もゆかりも無い、しかし護らねばならぬ場所へと。