「これで…ラストッ!」  息も絶え絶えに、しかし主の想いに応えて。まるで意思ある生き物のように、デザートストームが弾丸を飲み込む。既に砲身は温度上昇で射撃精度が落ち、弓も弦も限界を超えていたが。重砲が並ぶ櫓の端で、トリム愛用のライトボウガンは、健気に拡散弾を放ち続けていた。ほぼ全ての素材を調合し終え、それを全て無事発射して…今まさに最後の一撃が、薬室で着火の瞬間を待ちわびていた。 「な、なぁ…効いてるよな?な?」 「あ?あ、ああ…当たり前だろ?何いってんだ、もう軽く千は超える着弾数だぜ」  弾薬が尽きるにつれ、ガンナー達の中に広がる弱気…それもその筈、老山龍は何の変りも無く前進を続けているから。並みの飛竜であれば、既に数十頭を狩猟するだけの弾丸が撃ち込まれているが。手ごたえというものが全く感じられない。古龍はただ、まるで何事も無かったかのように谷を進む。  未熟な腕と貧相な武器の新米時代…飛竜はまるで、群がる虫を蹴散らすかの如く立ちはだかった。全く刃が立たないという現実に打ちのめされ、そこから狩人達は成長してゆく。だが、今この瞬間の風景は、そんな物とは比べ物にならぬ程に絶望的。ありったけの火力をぶつける人間達を、老山龍は全く意識していない。群がる虫にすら満たぬ、人間の最大の抵抗。 「どこ…どこに当てれば?甲殻の隙間とか、鱗の薄い場所とか…どこっ!」 「トリム様?その銃ではもう限界の筈。そろそろ銃身を冷却して…」  覗く照星に浮かぶは、爆炎に浮かぶおぼろげな姿。闇夜に背を燃やしながらも、老山龍は決して歩みを止めない。派手に燃えてはいるが、その頑強な外殻には、恐らく焦げ目一つ付いてはいないだろう。トリムの手の内を伝う、嫌に冷たい一筋の汗。全く何の成果も無く、ただ人間に無力さを思い知らせて。悠々とガンナー達の射程距離から、老山龍は遠ざかろうとしていた。 「クソッ、移動だ!第三区の連中に合流すっ…でんこちゃん!」  砂竜の鱗が銃身の高温に耐えられず、遂に発火。ベテランハンターの声に気付いたアズラエルが、慌てて桶の水を手にするが…当のトリムは微動だにしない。スコープから目を離さぬ彼女には、ゆらめく炎も弦を焼く臭いも、全く届いてはいなかった。研ぎ澄まされた集中力が今、少女と銃を一つにする。彼女達を結ぶは、自らを焼く炎の運命。 「なら首筋とかっ…シハキ、どいてっ!そこっ!」  フレームが融解しはじめ、ゆっくりと捻じ曲がってゆく。弓は音を立てて燃え上がり、弦は焼き切れてトリムの頬を掠めた。だが、瞬き一つせずに老山龍を睨んで。彼女は既に熱を感じなくなった人差し指に、全身全霊ありったけの力を込めた。爆発音と共に破裂したバレルから、炎の尾を曳いて…最後の一発が闇夜を切り裂く。同時にアズラエルは、少女からデザートストームを引き剥がした。 「老山龍、射程外へ脱出!どの弾も誰のボウガンも、もうここからじゃ届かねぇ!」 「ちぃ…移動!でんこちゃん、火傷ねぇか?無茶だぜ、コイツでの連続射撃は…」  既にもう、諦めの影に色濃く覆われて。足取りも重く、ガンナー達は移動の準備を始める。が、周囲の気遣いも耳に入らぬ様子で、トリムは櫓の柵から身を乗り出した。彼女が放った拡散弾は、遠ざかる老山龍に喰らい付いてゆく…その行方を、皆の祈るような視線が追いかけた。古龍といえど、同じ脊椎を持つ生物と仮定するなら。体の中心線に急所はある筈。当ればいいと言われる拡散弾だけに、今まで誰もが狙いを疎かにしていたのだ。老山龍の常軌を逸した巨躯も手伝って。 「…だめだっ、逸れた!」 「あの状態で撃てた事が幸運だったのです。大丈夫、当りますよ…ほら」 「でもよ、俺らは全弾当てたんだぜ?あのでっけぇ背中を火の海にしてやった」 「が、ウンともスンとも言わねぇ…せめて一声鳴いてみろってん…!?」  不意に空気が沸騰し、思わずトリムは耳をふさいだ。老山龍の咆哮…それは、的を外れた一発の弾丸を受けて。僅か一瞬だが、老山龍は歩みを止めた。微かに身を震わせ、再び歩き出す僅かの間に。次第に再び闇に覆われつつある古龍を、ガンナー達は櫓から注意深く観察した。 「っつ…み、耳が。な、何だってんだ!?今、どこに当ったぁ!」 「良く見えなかったけど、首とか背中とかじゃない?」  既に背の炎も鎮火し、その巨体は闇夜のベールを纏って。地響きと共に、老山龍が遠ざかってゆく。トリムも必死で目を凝らしたが、自分でもどこに着弾したかは見えなかった。だが、確かに今、目の前で。老山龍が怯んだのだ。恐らくは痛みを与え、その身に傷を負わせたのかもしれない。その弾丸はどこへ… 「肩、でしょうか?肩と言うより背の側面…私にはそう見えましたが」  拡散弾専用の、弦も弓も無い異様なボウガンを仕舞いながら。アズラエルがそっと呟く。彼には見えていた…氷海のブリザードをも見通す、凍てついた瞳の光には。弱々しく目標を逸れた拡散弾は、背を覆う鋭角の一本に着弾。拡散して飛び散った爆薬の一つが、弱点と思しき場所へ炸裂したのだ。 「若ぇの!背中か?ここか、このへんかっ!?」 「どっち?アズさん、どっちの角だった!?」  大勢のガンナーに詰め寄られ、とりわけトリムには掴みかからんばかりの勢いで迫られて。アズラエルは記憶を反芻しながら…ふと、薄暗い中に一片の炎を見つけて。 「落ち着いてください、トリム様…いいですか?先ずは…」 「先ずは!?早くっ、急いで第三区の皆にも伝えなきゃ」 「先ずはその火を消しましょう。燃えてますよ、背中…」 「え?あー、うん?えっと…わっ、ホントだっ!」  ゴムの焼ける臭いと共に、気付けばトリムの背にも炎の手が。アズラエルが叩いて消そうとし、周囲の者達は水桶を探すが。瞬く間に火は勢い付き、たまらず少女は鎧を脱ぎ捨てた。老齢のハンターも熟練のハンターも、若いハンターも新米のハンターも。つい手が止まり、息も鼓動も止まりかける。闇夜へ鮮明に浮かぶ白い肌。 「あーもぅ!コートまで…作るの苦労したのにっ!あちっ、あちち…」  炎と熱から逃れ、九死に一生を得て安堵するトリム。インナー一枚で夜気に曝される彼女へ、ついつい視線が殺到していた。慌てて咳払いをしながら、男達はいそいそと櫓を後にする。気付いた彼女が顔を真っ赤にして屈み込むと、アズラエルもやっと少女の一大事に気付いた。 「ああ、いけませんね…若い娘が。風邪を引いてしまいます」 「…そゆ意味じゃないやい。アズさんのばかー!さっさと行っちゃえ!」  クスリと笑って、アズラエルも背を向け。決戦用のヘヴィボウガンへ弾薬を装填すると、それを折りたたんで再び背負う。その長身は肩越しに一度だけ頷くと、微塵の疲れも感じさせず駆けてゆく。トリムはもう、僅か百発にも満たぬ拡散弾を撃っただけでヘトヘト…汗が冷えて今は、凍えるような寒さ。 「はぁ、オレはここまでかぁ…みんな、頑張って。シハキも…死なないで」  既にもう、音と振動だけの存在となって。彼女の狩猟場から、老山龍は離れてゆく。周囲で火球を瞬かせる、幼い雌火竜を引き連れて。名だたる剣士が待ち受ける、ココット村防衛拠点の第三区へ。