「お疲れ、ウニどん。ほい、たんと食べれ」 「メルちょもお疲れ様でする。お酒どぞー」  少女達は互いに料理と酒を持ち寄り、並んで腰を下ろした。夕暮れを前に広場は、ささやかな祝宴になかなかの盛り上がり。が、その騒ぎもどこか寂しげで…ココット育ちのメルには、普段より何倍もこの場所が広く見えてならない。もうこの村には、十数人程しか人が居ないから。どの家も明かりを灯す気配も無く、広場を行き来する村人の姿も無い。 「そだ、メルちょ…イザヨイさんは?まだ…でするか?」 「うん、あれからずっと。むふ、お寝坊さんだから、いっちゃん」  ユキカゼと目が合い、手と手で挨拶を交わして。メルは隣の席を指しながらラベンダーに応えた。ここ数日、誰に合っても聞かれる…今もユキカゼに聞かれるであろう問いに。 「お邪魔しまーす。イザヨイさんはどう?まだ寝て…うおっ!?」 「メルメル、おいッス!ゆっきー借りてくスよー!」 「ほいほい、いってらっさい。いっちゃんね、まだ起きないけど…凄くいい寝顔だよ」  連れ去られるユキカゼを見送りながら、メルは笑顔で同じ言葉を繰り返す。皆が気に掛けメルに問い、その都度メルが応えるように。あの日からずっと何日も、イザヨイは目覚める事無く眠り続けていた。覚める気配の無い深い眠り。 「え?村長と!?いや、ココットの英雄と同席なんて光栄だけど…」 「ゆっきーにも手伝って欲しいスよ。村長やたらと酒強いんスから」 「あの二人は今夜潰れるね…お、そだ。ウニどん、ソフィさん何か言ってた?」  王女殿下を護衛して来たのは、ラベンダーの先輩でもあるギルドナイト。ソフィは再会したメルを抱擁して振り回した後、何やら難しい表情でラベンダーと話し込んでいた。 「な、何でも無いでするよ…せ、せ?せけ…世間話でするっ!」 「ああ、世間話。そっか…って、んな訳あるかー!こらー」  ジョッキを手放したメルの手が、勢い良く高々と振り上げられる。思わず反射的にラベンダーは、両手で頭を覆って目を瞑った。が、ゲンコツは落ちて来ない。代わりにガシリと肩を組むと、メルはその華奢な身をバンバン叩きながら語り掛けた。 「どしたん?怒られた?ソフィさん、ちょと怖い顔してたね」 「だ、大丈夫でする。ちょと報告のやり取りがあっただけでするから」 「ちょ、ちょっ!ごめん、もう飲めないっ!てか無理、無理だからサンクさん」 「ひゃんほー!まひゃまひゃー、ふぉれはらッスほー!」 「ふぉふぉふぉ、腹ぁへっとんのー」  広場の中央は既に、ある種の地獄絵図と化していた。千鳥足で酒を注ぐサンクと、その足元に崩れ落ちるユキカゼ。彼もまた多くのハンター達同様、限界を超えた酒量を前に痛恨のギブアップ。だが、今夜の主役はまだまだ飲み足りぬ様子で、注がれる酒を片っ端から飲み干してゆく。その小さな体の何処へ消えてゆくのか、まるで底の抜けたタルへと注ぐかのように。次から次と空き瓶を積み重ねてゆくココットの長。 「そいえばメルちょは、ミナガルデに戻るでするか?」 「今はまだ解んない…当面は、いっちゃんを待ちながら水汲みでも続けるよ」 「そでするか…ウニは…」 「ミナガルデに戻るっしょ。だいじょぶ、心配せんでええよ」  不意にメルは立ち上がり、男達をすいすい跨いで村長に歩み寄る。流石の英雄も酔いが廻ったのか、焦点定まらぬ目で少女を見上げた。じっと見詰め合うココットの英雄達。黙ってメルが酒を注ぐと、黙って村長は飲み干し…空の杯が差し出され、再び酒で満たされる。場の全員が見守る中、粛々と杯は進んで。遂に大酒豪にも限界の時が訪れた。その瞬間を待っていたかのように、サンクが瞬発力を発揮する。 「っしゃぁ!今ッス!ふんじばれー!」 「ご、ごめ…無理…う、動けな…うっ!?」 「ええよサンク、だいじょぶ…村長もう寝たから」  何事かと首を傾げるラベンダーの前で。まるで飛竜を捕獲するかのように、動けるハンター達は全員、村長へと殺到していた。最も、その必要は全く無かったが。天下無双の豪傑、ココットの英雄…今ここに酒精へ根を上げ、僅かに舟を漕いで沈黙。 「ほい、ウニどん。これで任務完了っしょ」  メルはそっと、村長の小さな身体を抱え上げて。毛布で包んでラベンダーへと差し出す。多少の乱闘も覚悟していたのか、ハンター達は胸を撫で下ろしながら自分達の席へ戻っていった。皆、村長を束縛してでもラベンダーへ引き渡すつもりだったのだ…頑なに村長がココットを出るのを拒んだから。そして誰もが皆、ココットの英雄の平穏を望んだから。 「いや、こん人は水が無くても死ななそーだけど、さ」 「うむス、歳が歳スからねぃ…でもウニどんなら安心ッス」 「ソフィさんに言われたっしょ、ミナガルデに連れ帰れって」 「ど、どしてそれを…はれれ?皆さん知ってたでするか?」  もともとその為に彼女は、この地へと送り込まれたのだから。今や古龍の脅威は去ったが、新たな危機に直面したココット村。残る者は居るが、その中に村長を加える訳にはいかない。今度こそ安全な場所へお連れする…これがラベンダーの最後の任務。恐らく、ギルドナイトとして最後の。 「ったりめースよ!だからまた、フリックが一計案じたんス」 「それ位は解るんよ、ウニどん。だって仲間だもん」  大勢のハンター達が、メルの一言に頷いた。ユキカゼも揺れ回る世界の中心で、力強く肯定する。 「…ありがとでする、皆さん。実は…」 「行くんしょ?村長が起きない内に」 「ギルドの保護なら村長も安心だね…ギルドマスターとは兄弟だしさ」 「夜道、気を付けて行くスよ!怖くなったら…これをこうするッス!」  サンクは懐から何かを取り出し…強く握って拳を振り上げる。それは今、メルの手の中にも合ったし、ユキカゼもポケットを探れば直ぐに見つかる。無論、ラベンダーにも。真紅の角の小さな欠片は、握れば勇気が湧いて来る。それを持つ者同士の、かけがえの無い絆でもあるから。 「出して見てみ?けっこーいいから。んじゃ、ウニどん」 「うにっ、メルちょも皆さんも…きっといつか。ううん、またいつか」 「ういッス!村長にくれぐれも宜しくス。ウニどん、またね」  一度だけ振り返り、深々と頭を垂れて。夜の帳を追い越すように、ラベンダーは一陣の風となって別れを告げた。数え切れぬ「またね」「またな」の一言を背に受けて。彼女は最後の最後に、無事ギルドナイトとしての務めを全うする。一人のハンターとして、メル達は何時までも…見えなくなった仲間の姿を見送った。