「何かおかしいですね…ええ、おかしいです。おかしいですよ…」  ブツクサと呟く書士を尻目に、サンクはピッケルを振るった。玉の汗を額へ浮かべながら。露出した肌をジリジリと灼く、強烈な日差し…今日も砂漠は快晴。岩場が続く荒地へ足を踏み入れても、その熱気が和らぐことは無かった。 「あの二人、一体昨晩何が?はっ!?ま、まま、まっ、まさか…何て破廉恥な」  カロンは落ち着き無く歩き回りながら、崖の上で岩盤を調べる男女を見上げる。今日は朝から、二人の様子がどこかおかしいのだ。互いに何か言いたげで、それでいて口を開こうとしない。よそよそしいヴェンティセッテとクリオの様子が、場違いな書士には気が気では無いのだった。 「まさか、いやでも…こういった非日常的な状況で若い男女が…」 「あの〜、さっきからうるさいッス!」  掘り出した鉱石を分別しつつ。その全てを廃棄しながら、サンクが大声をあげる。マカライト鉱石は愚か、鉄鉱石も出ない…暑さも手伝って、感情の沸点は普段より僅かに低い。石ころに混じる大量の砥石を蹴り飛ばし、ピッケルを担ぎ直すと。サンクは次に採掘できそうな地層の割れ目を探して辺りを見回した。その視界で眼に留まる、何やら真剣な表情の二人。 「んー、先輩に限ってそりゃ無いスよ。だいたい非日常って言うスけどねぇ…」  サンクやクリオ、ヴェンティセッテにとっては寧ろ、山野に寝起きする日々のほうが日常的とも言える。昨晩も何ら普段と変わらない。どうもそれが解らないのか、納得しがたい表情のカロン。だがサンクにしてみれば、勝手に想像されているような間違いなど、万に一つも起ころう筈が無かった。彼女にとって先輩は、唯一完璧な存在…常に完全無欠で疑う余地の無い憧れだから。 「そんなに気になるなら、直接聞いたらいいじゃないスか」 「いや、それは、その…ほら、何と言いますか、ええ、まぁ…」 「ん?何が?どしたのカロンさん、凄い汗」  涼やかな顔で、ヴェンティセッテが降りてくる。普段と変わらぬ飄々とした態度だが…やはりどこか、そわそわとして。まだ崖の上を調べているクリオを、意味ありげな視線で彼は見上げている。ように、カロンには見えて仕方が無かった。ややあって、クリオも三人の元へ降りてくる。 「今朝方のあの音、あれはやっぱり」 「…ああ」  ヴェンティセッテの言葉に、クリオが短く応えて。二人は思案を巡らせながら沈黙へと沈み、カロンは勝手に思わせぶりな空気を感じ取る。サンクは書士隊の目的よりも先輩の仕事よりも、今は採掘に夢中。早く立派な武具をこしらえて、先輩のような立派なハンターになりたい…今はまだ御荷物でも、いつかは。獲物を前にトリガーを引く以上に、ピッケルや虫網を持てば力がこもった。 「あーもぉ、このへん砥石ばっかス〜!」 「…サァーンク!程ほどにしろ、もう行くぞ」  そう叫ぶクリオより先に、ヴェンティセッテは歩き出した。何やら言いたげな同僚を引き連れて。彼が図書院にて得た情報とは、違う銘入りの飛竜…その存在を今、はっきりと確認して。再び振り返り、彼は見上げる。クリオと二人で調べた絶壁には、何かを擦りつけたような、白い跡が刻まれていた。 「何やってたんだろな…角竜にそんな習性なんて、聞いた事も無いし」 「…さあな。意外と、もう一匹を探せば答えが見えてくるかもしれん」  ハンターズギルドの情報は正しかった…そして王立図書院の情報も正しいのだろう。この場を照らす太陽が昇る前、確かにここに鋭龍が居て。恐らく閃龍もまた、この砂漠のどこかに息を潜めている。クリオもヴェンティセッテ同様、大きく変化した状況を飲み込み始めていた。この地で今、何が起ころうとしているのか…それだけがまだ、疑念の霧に覆われハッキリとしなかったが。