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 凍土と呼ばれる不毛の極寒地帯に、耳をつんざく咆哮が鳴り響く。
 だが、新雪に身を躍らせてヘッドスライディングのオルカは、立ち上がるなり抜刀した。手にするスラッシュアクスは、強化を終えて戻ってきたランドグリーズだ。
 彼は慣れた動作で氷牙竜ベリオロスの死角へ回り込み、翼に並んで生える爪へと刃を振り下ろす。
「おっけぇ、オルカ! 爪の破壊、確認だよっ」
 背後で援護射撃をくれるノエルへと、射線を渡してオルカは前転で移動する。
 オルカにとってベリオロスは、自分の壁を一つ破るきっかけをくれた相手だ。今日の個体はユクモ村で戦ったものとは比べ物にならない大きさで、ギルドの方でも上位種だと認定している。一部の強力な個体の原種、そして亜種は上位種として上位クエストに数えられる。上位クエストはより過酷な環境をハンターに強いる反面、得られる素材は価値が高く報酬も莫大だ。
 さらに高みを目指す者の前に、G級と呼ばれる未知の狩場が解禁されることはあまり知られていない。
 G級ハンターは世の中でも一握りで、一生その地位に到達せずに引退する者が大半だ。
 だからオルカは気付かない……モガの村に以前ふらりとやってきた、双剣使いの男がG級ハンターだとは。
「オルカッ、尻尾は僕にお任せを! ……閃っ!」
 横をすり抜け走る遥斗が、背から抜き放った太刀で尻尾を一閃する。払い抜けた軌跡を粉雪が飾って、雪煙の中に千切れた尻尾が舞い上がった。絶叫と共に吹き飛ぶベリオロスへと、ノエルは容赦なく曲射を浴びせてスタミナを奪う。
 オルカはラーズグリーズに内蔵されたビンの圧縮を確認し、変形ボタンを強く押し込んだ。
「うん、変形する……よなあ。普通はこうなんだけど、あの一振りはどうしたものか」
 オルカの脳裏に今、ふとしたキッカケでコレクションに加わったスラッシュアクスが思い出された。モガの村近海の海底より引き上げられた、太古の塊として錆に封じられて風化していた一振り。一見してディーエッジなのだが、不思議なことにスラッシュモードへの変形機構が壊れている。内蔵されたビンは、いくらアックスモードで酷使しても圧縮率が高まらないのだ。
 かと思えば、未知の強敵を前に突然ビンが圧縮を完了したりもする。
 シキ国は冴津での風牙竜討伐において、その秘められた力がついに覚醒した。明らかに通常のディーエッジとは異なる刃をあらわにし、その形状もだが威力は眼を見張るものがあった。迸る属性解放の光は暴力的ですらあり、オルカ一人の体重を空中で飛翔させるほどに強力だ。
 だが、あの時以降一度も変形に応じず沈黙して、今はオルカの部屋の箱の中だ。
「ま、今は目の前の狩りだ。遥斗っ、ノエルも! 畳み掛けよう」
「はいっ!」
「オッケー、バンバン援護するから後ろは見なくていいよっ」
 頼もしい仲間と共に走れば、苦しげに脚を引きずってベリオロスは逃げ出した。
 だが、既に尾は切断され爪も牙も砕かれた。満身創痍のベリオロスはそれでも、生への飽くなき執着で歩く。
 弱い者を強い者が狩り、それをさらにより強い者が狩る。これが大自然の摂理。オルカもまた、仲間達がいてくれなければ狩られる側だったかもしれない。そしてそれは、強い武具や頼もしい仲間がいてさえ、すぐ側に常にある危機なのだ。
 誰もが厳しい自然の中では一個の生命、決して代わりのないもの、かけがえのない存在だ。
「オルカッ、ベリオロスが逃げます!」
「もう一度怯ませるっ! ……いけるかなっ?」
 焦りも顕な遥斗と違って、ノエルは冷静に弓へ矢をつがえて引き絞る。その間にも彼女は「ほら遥斗、走って走って」と新米の尻をひっぱたいていた。そう、今日のこのベリオロス討伐は遥斗の引き受けたクエストだ。それを手伝う形で便乗した四人の、その最後の一人が現れる。
 この極寒の地にあって、轟き渡るその暑苦しい声にオルカ達は寒さを忘れた。
「待たせた、諸君っ! ハッハッハ、望まずとも見せ場が回ってくるとは……人気者の辛さだな!」
 現れた夜詩の覇気が、身に纏うアグナシリーズから炎をほとばしらせる。火炎のマグマに泳ぐ炎戈竜の息吹が、まだあの防具には生きているようだった。気合を迸らせてスラッシュアックスを展開させる夜詩から、火の粉があがって燃燐の炎が目視できるほどに高ぶる。燃え盛る勢いを背負って、夜詩は手負いのベリオロスへと躍りかかった。
 この男はヘルブラザーズの一人だとうそぶいているが、腕は確かだ。豪快にして豪放、竹を割ったような気持ちのいい人間である。……ただ、ちょっとばかし暑苦しいのが難点だが。だが、同じスラッシュアクス使いとして、オルカは夜詩の腕前を認めていたし頼りにもしていた。
 そんなオルカの視線を知ってか知らずか、夜詩は王牙剣斧【裂雷】を力一杯振り抜いた。
 ジンオウガの持つ豪電を凝縮した刃が、雷火を纏ってプラズマをスパークさせる。
 ベリオロスは脳天をカチ割られて、その場に身震いしながら突っ伏し動かなくなった。
「狩猟完了っ! うむ、いい買い物をしたものだ。我が一撃を体現する武器にふさわしい」
「ヤッシー、おつかれ〜! よく素材そろったね、それ。いいなあ、あたしも弓を新調したいんだけど」
「ヤッシーではない、夜詩だ! フッ、コツがあるのだよノエル。心を沈めて、無欲と無我の境地にて……こう!」
 夜詩は気分よく剥ぎ取りを開始する。手慣れた手つきでハンターナイフを突き立て、ベリオロスの一部を切り取った。繊細な扱いが必要とされるため、甲殻よりも毛皮は剥ぎ取りが難しいとされている。それでも上位素材と呼ばれる良質な上毛皮を手に入れつつ、夜詩は自分の隣に遥斗を呼んだ。
「さあ、少年。剥ぎとってみたまえ。いいか、心を沈めて雑念や物欲を忘れるのだ……こうだ!」
「こ、こうでしょうか。難しいですね。あ、あそこの牙を……と、取れた! オルカ、上手に取れました!」
 僅かに残った牙を口から切り取って、その巨大な曲線を両手で掲げて遥斗がはしゃいでいる。その微笑ましい姿に手を振りながら、オルカはなんだか弟ができたような気分でこそばゆい。その気持を見透かしたのか、隣で腰に手を当てノエルが身を屈めて覗きこんできた。
「悪い気しないって顔してる、やっぱり。かわいいもんだよね。あたしにもあゆ時期、あったな」
「遥斗は最近いきいきしてる。記憶喪失のことも、前ほどうじうじ悩まなくなったし。いい傾向だよ」
「遥斗さ、オルカとおそろいにするんだって張り切ってたよ。ほら、オルカの防具が風牙竜だから」
「ああ、それで……照れるなあ。なんかこう、くすぐったいというか」
 氷牙竜と風牙竜の防具は、基本的なデザインラインは一緒である。だが、そこにハンター達が感じ取る秘められた力は大きく違う。回避と体術に重点がおかれた氷牙竜防具と違って、オルカの着こなす風牙竜防具は攻撃的だ。その身に宿る筋力を増強させてくれるような、前転やステップの踏み込みを助けてくれるような、そんな気がするのだ。一般にスキルと呼ばれる、ハンター達がモンスターに敬意を感じて身に宿す力。身に満ちる、そんな気がする思えるだけで十分なことはもはや言うまでもない。
「さぁ、剥ぎ取りが終わったら帰ってギルドに報告だ! 今日は酒にチーズで激運な気分なのだよ」
「ヤッシー、元気いいねえ……あ、もちょっとそっち行って。燃燐暑い、凍土なのに暑いって」
 ほがらかに笑う夜詩とノエルのやり取りに、自然とオルカも頬がほころぶ。
 こうして己の武具を鍛えて経験を積み、ラギアクルスの捜索を続けつつオルカ達は忙しく暮らしていた。だが、それも長くは続かない……もう決戦は近いと思う。丁寧な追跡調査で、ルーンやアニエス達はラギアクルスの生息範囲を徐々に狭めて特定を始めていた。
 だが、オルカの中で一抹の不安がある。……果たして、ラギアクルスの討伐で例の地震が収まるのだろうか? 村長や村人は、島の岩盤にラギアクルスが体当たりをしているのだと言っていた。モガの村は村長が築いた昔から、ずっとその巨大な海竜と戦ってきた歴史がある。故に雷公と敬いもしているのだ。
 しかし、オルカはもう知ってしまった……この世に満ちる埒外の脅威、古龍の存在を。
 ユクモ村より解き放たれたアマツマガツチの行方はようとして知れず、今も昔の仲間達はてんやわんやだ。
「オルカ? 剥ぎ取らないんですか? 急がないとギルドの迎えがきてしまいます」
「あ、ああ、そうだね。じゃあ俺も」
「こっちです、オルカ! この辺から剥ぎ取るとどうでしょう。ヤッシーさんが言ってました、無心ですオルカ!」
 素直なことで、夜詩を先輩ハンターと敬う遥斗の笑顔は溌剌としている。夜詩もまた「ハッハッハ、ヤッシーではない! 夜詩だ少年!」と腕組み明日を見詰めて風の中で笑っていた。
 遥斗に言われるままにハンターナイフを突き立てるオルカは、刃の先が何か硬いものに当たるのを感じた。
「ん? なにかベリオロスの中に……なんだろう。どれどれ」
「あっ、オルカ! 凄い、これはきっと希少価値の高い素材では。ノエルさん、ヤッシーさんも! これは!」
 オルカの手の中に今、綺麗な球形の輝きがあった。まるで特大の真珠のような、水晶のような輝きで弱々しい陽光を反射している。オルカ自身、こんな素材を手に入れることは初めてで胸が高鳴る。
 だが、駆け寄ってきたノエルと夜詩は意味深な笑いを浮かべる。
「おお、竜玉じゃん? オルカ、やったね。ぼちぼちそこそこ、わりと微妙にラッキーだよっ」
「うむっ! なければないでいいのだが、あると便利な気がする感じの雰囲気、そんな一品だな」
 ……あまり、嬉しくない。
 聞けば、竜玉とは飛竜種や魚竜種の体内で生成される物質の総称のようだ。食物を通じて体内に蓄積した不純物が結晶化し、こうして一箇所に集まるのだ。これが火竜の尾から取れるものや、特定の獣竜種や海竜種からならレアリティは高い。俗に言う、紅玉や蒼玉というやつで、その価値はちょっとした一財産というから恐ろしい。
 安堵したようながっかりしたような、しかし嬉しいのでオルカは竜玉を大事にしまう。
「だがオルカ、竜玉はあって困るものではない。換金時も高額買取りしてもらえるし……む!」
 フルヘルムの奥で笑う夜詩が、不意に言葉を切った。同時に紅白に彩られた彼だけの甲冑が、轟! と炎を燻らした。
 夜詩は精神を集中して遠くに気配を察し、吹きすさぶ吹雪の鳴る声から音を拾っていた。
「なにかまだいるな……みんなっ、気をつけろ! この狩場、まだなにかいる……とてつもない、なにかが!」
 その時、瞬時にオルカは臨戦態勢に入った。
 訳がわからずきょとんとしている遥斗も、ノエルに小突かれ慌てて太刀を研ぎ出す。
「狩猟環境が不安定な狩場だったね、そういえば。ということは……お客さんだ」
 油断なくスラッシュアクスを構えるオルカの視線の先で、突然雪原が破裂して雪柱を屹立させる。凍れる土砂を巻き上げて、その奥から恐るべき黒曜石の魔獣が姿を表した。誰もが初めて目にする脅威は、オルカ達四人のハンターを見るや……唸り声をあげて突進してきた。

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